身を守るための新奇形質「貝殻」の作り方
清水 啓介 (東京大学・院理・地惑)
カンブリア紀に出現した強力な捕食者に対する防御の新奇形質として、軟体動物は「貝殻」を獲得し、節足動物の次に大きな分類群となるほどにまで繁栄してきた。しかし、この防御形質の進化の至近要因に迫る研究はこれまでにほとんど行われていない。そこで今回は貝殻の初期形成の分子メカニズムに着目した研究を紹介する。動物の形態形成に重要なホメオティック遺伝子のひとつであるengrailedは貝殻腺で発現することが軟体動物の多くの分類群において既に報告されており、貝殻形成領域の決定に重要であることが示唆されてきたが、その機能は不明であった。そこで、ホメオティック遺伝子を制御していることが期待されるレチノイン酸経路に関わる3つの遺伝子、レチノイン酸合成酵素(aldh1a)、レチノイン酸分解酵素(cyp26)、レチノイン酸受容体(rxr)を同定した。 また、セイヨウカサガイ(P. vulgata)のトロコフォア期・ベリジャー期においてcyp26の発現解析を行った結果、貝殻腺と外套膜の縁辺部での発現が確認された。さらに、クサイロアオガイ(N. fuscoviridis)の初期胚にレチノイン酸またはレチノイン酸阻害剤で処理を行なった結果、貝殻腺で発現するホメオティック遺伝子であるengrailedの発現が抑制され、貝殻が小さく、石灰化が起こらない表現型が観察された。これらの結果は、レチノイン酸経路が発生初期の形態形成を上流で制御するホメオティック遺伝子engrailedを制御することで、軟体動物における貝殻という新奇形質の獲得に重要な役割を果たした可能性を示唆している。
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last update: 2014-3-3, open: 2014-2-24
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