穿孔性二枚貝ニオガイ上科の適応放散史
–分子系統・化石記録から形態・食性進化に迫る-
*芳賀 拓真 (学振PD/海洋研究開発機構), 加瀬 友喜 (国立科学博物館・地学研究部)
 「ある生物群の,真に迫った進化史を深く理解したい」と渇望するのは,系統進化学の分野に身を置く研究者ならば,誰しも同じはずである。 では,どのようにすれば,より真実に迫ることができるだろう。化石は進化の直接の証言者であるため,化石記録に基づく系統復元を行うのが良いように思える。 しかし現実的には,化石には形態的情報しか拠り所がないため,種々の問題が立ちはだかる。 例えば,化石種は共有派生形質を評価するのが困難であり,収斂によるアーティファクトの懸念が拭えない。 また,化石記録は不完全であるため,ミッシングリンクが多く存在し,連続的な変化を追うことも難しい。 一方,近年の目覚ましい分子系統学の進展によって,現生種に基づく高精度な進化史の推定が可能となり,理解は深化した。 分子系統学は万能のように思えてしまうが,例えば,化石種を解析することができないのはもちろんのこと, 解析すべき進化的に重要な現生種の多くは稀少・微小であるため見落とされがちで, バイアスのかかったタクソンサンプリングの結果,進化史の細部を推定し得ないことも多い。
 真に迫った適応放散の歴史を深く理解するには,分子系統と化石記録から得られる情報を相互補完的に利用するのが最良の方法だろう。 例えば,分子系統解析の情報を化石種の共有派生形質の評価に用いることで,それらの系統的位置を明らかにすることができ, その一方,化石記録は分岐年代推定の精度を高めることができる。そのため,進化史の細部まで踏み入った, よりダイナミックな歴史を紐解くことが可能となる。
   分子系統解析と化石記録の双方を用いるうえで,軟体動物は非常に適した研究材料である。 なぜなら,軟体動物は殻を持つが故に化石として非常に残りやすいうえ, 「生きた化石」と言われるような,進化的に重要な種類も現生種に少なからず含まれているからである。 殊にニオガイ上科の二枚貝類は,木・岩石・サンゴといった硬い基質に機械的に穿孔する特異な生活に特化した結果, 他の軟体動物には無いユニークな附属的形質を獲得したため,現生・化石種ともに他の軟体動物よりも多くの形質を抽出することが可能であり, 格好の材料である。さらに,ニオガイ上科二枚貝類の一部は,海洋に流出した「木を食べる」という驚くべき進化を遂げている。 そのため,基質中から産出した化石にその特徴が保存され,形態進化のみならず食性の進化をも復元することができ,生態の進化史も細部まで紐解くことができる。
 本発表では,現生種の網羅的な分子系統解析および分岐年代推定, そしてこれらの結果を化石種にフィードバックさせることによって初めてディーテイルが明らかとなった, 長時間軸でのニオガイ上科二枚貝類の形態進化と,地球規模の古海洋環境変革に応答した食性進化について紹介する。
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last update: 2013-2-21, open: 2013-2-21
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