光制限ストレスは海藻の防衛能力にどのように影響するか?
〜クロバギンナンソウの対植物食者戦略〜

別所 和博
(九大・理・生物)

08/06/3, 15:30 (理学部3号館6階数理生物学セミナー室)


 海洋において、植物食性の無脊椎動物(以下植食者)はしばしば非常に密集して摂食を行うため、大型藻類(海藻)に対して強い負の効果を及ぼしている。その摂食に対抗するために、多くの海藻は防御物質を生産することが知られている。しかし、光合成で得たエネルギーを防御物質の生産に割り当てることは海藻にとってコストが高いと思われる。一部の海藻が植食者に被食された時のみに防御物質を生産する誘導防衛反応を示すことは、このコストを減らすためと考えられている。富栄養化に代表される人間活動による沿岸生態系の環境改変は、防衛能力の低下を通じた摂食圧の増加を通じて、海藻の現存量の更なる低下を引き起こす懸念がある。
 本研究では、光条件の悪化に伴い海藻の防衛能力が低下し、それが植食者の摂食量の増加を引き起こす、という仮説の検証を行った。実験には紅藻の一種であるクロバギンナンソウ(Chondrus yendoi)を用い、異なる分類群に属する2種の植食者、ヘソカドタマキビ(Lacuna smithi)と、オホーツクヘラムシ(Idotea ohotensis)の摂食による影響、および摂食への応答の違いを調べた。海藻を、6つの光制限レベル(自然光レベルから指数関数的に減少)と2つの摂食圧(植食者がいる/いない)を組み合わせた12通りの条件下で10日間生育させた。その後、各条件下で海藻の相対成長率と海藻切片に対する植食者の摂食量を測定した。
 海藻の相対成長率は、いずれの植食者を用いた場合でも光量の低下と共に減少した。ヘソカドタマキビによる摂食量は、光制限レベルが高い個体の切片の方が多く食べられたのに対し、被食履歴の有無によって有意な影響は受けなかった。一方、オホーツクヘラムシによる摂食量は、被食履歴のある個体の海藻切片において減少したが、光制限レベル間では有意な差は生じなかった。
 以上の結果から、環境ストレスが海藻の防衛能力を低下させるという仮説は、植食者の種類により成立する場合としない場合とがあることが明らかになった。この理由として、クロバギンナンソウが2種類の植食者に対して別々の防衛戦略を採っていることが考えられる。すなわち、動きが遅く摂食量の少ないヘソカドタマキビに対しては、その時の余剰エネルギーに依存した防衛を常に行う一方、動きが速い摂食量の多いオホーツクヘラムシに対しては、オホーツクヘラムシによって被食された時のみ、一定のエネルギーを使用して誘導防衛を行っていると考えられる。


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