発生過程を安定化させる遺伝子ネットワーク

高野 良治

(九大・院・生物)

2002年 9月 7日 (土), 午後1:30より 3631室 (理学部3号館6階 数理生物学セミナー室)


遺伝子発現制御は、タンパク間の複雑な相互作用によってなされている。転写調節領 域では、様々なタンパク質の存在状態に対して発現状態が切り替わるような、いわば 論理計算がなされていると考えられている。生物の発生とは、このような制御がダイ ナミカルに繰り返されることにより、時空間上にパターンが展開していく過程である。 しかし、この高次機能を実現するシステムの一般的な性質はほとんど分かっていない。 我々は、ノイズに対する安定性という視点に基づき、robustに空間パターンが生成さ れるための遺伝子間相互作用について、数理モデルを用いて研究した。

まず遺伝子間相互作用を一般的な枠組みで扱える、タンパク質とmRNAの微分方程式系 を考えた。遺伝子発現は、タンパク質の多様な存在状態に対してスイッチングできる とする。また空間相互作用は拡散によりなされると仮定した。このような偏微分方程 式系に、単純な初期発現分布を与えると、適当な遺伝子間相互作用を持った系では時 間とともに複雑な発現分布パターンが形成されることが分かった。
我々はまず、(1)遺伝子発現が自律的に空間分布を形成するための、タンパクの生 成分解速度、発現スイッチングの閾値をもとめた。(2)次に、ノイズが無い状態で 自律的に形態形成がなされるための、遺伝子間相互作用の必要条件を求めた。ノイズ が無い状態で正常に発現パターンを作り出す遺伝子ネットワークの構造は非常に多数 ある。これらに対して、(3)形態形成の途中でノイズを与え、その状況下で発生過 程を安定に行うネットワークを抽出し、それらの構造を明らかにした。 これらrobustな遺伝子ネットワークの持つ性質が、生物の発生に関わる遺伝子でも実 現されていると予想している。