生物学の「なぜ」と物理学の「なぜ」

本多久夫(兵庫大学)

9月 21日 (火) 午前10:00から
理学部3号館5階生物学教室会議室


 実験を主としない生物学である数理生物学・理論生物学の一般生物学への寄 与を考える。生物はその存在自体が自己増殖の継続の証であって、継続可能なための 方向性を内蔵している。だからたとえば、「なぜ生じたか」という質問に、他の分野 では「いかにして生じたか」の意味でモノを基盤とした形成機構を答えればよかった のに、生物学では「何のために」という目的因まで要求される。数理生物学はこの目 的因の説明に数々の成功をおさめてきた。性選択や性比については目的因だけでなく、 そこに至るプロセスまでも明らかにしてきた。物質に基づく形成機構はまだ解明され ていないが、これは実験生物学の分担である。
しかし一般的には、物質に基づく機構の解明にも理論生物学がはたす役割が あると考えたい。生物が示すあらゆる現象は、生物が非生物と同じような原子からで きているのだから物理化学の原理から説明できるはずである、という信念のもとに可 能性の絞り込みをおこなう役割である。最近明らかにされた身体の左右非対称性の原 因(残念ながらこれは他の人々の研究成果であるが)を例に議論してみたい。胚の前 後方向と背腹方向がきまったあと心臓が左方にできる。このために遺伝子に書き込ま れているはずのことを想像すると、物理化学の知識では(1)電磁気学の磁場と電場 と荷電粒子の動く方向に関連するか、(2)生体分子のキラリティー(立体異性体) くらいしか手がかりがない。最近、重要な実験結果が出された。結論は後者の手がか りを使っているということに落ち着きそうである。心臓の左右性の突然変異を研究し ている実験家はどんな答えをイメージしていたのだろうか。分野を越えての研究者の 知性を集中すれば相当な絞り込みができたはずである。この点を考えたい。


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