入江 貴博 (Takahiro IRIE)
産業技術総合研究所 |
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★ 研究対象:タカラガイ(軟体動物門腹足綱タカラガイ科)について ★海産無脊椎動物の表現型種内変異、個体群動態(コネクティビティー研究)、集団ゲノミクスのモデル生物として、タカラガイ類を取り扱っています。特に、潮間帯に棲むMonetaria annulus ハナビラダカラを集中的に研究しています。20年以上にわたって成熟時の体サイズや貝殻の厚さの種内変異を調べてきましたが、近年は幼生期の研究にかなりの労力を割いています。詳しい内容は、2018年に日本生態学会誌へ寄稿した和文総説をご参照ください:
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1. 浮遊幼生期の生態と分散パターン海産無脊椎動物に関して、最も研究の遅れている課題のひとつが、浮遊幼生期の生態に関する定量的理解です。歴史的には、ウニの幼生が発生学の主要な研究対象だったように、海産無脊椎動物の初期発生に関する定性的な理解は比較的進んでいると言えます。ところが、野外における成長、摂餌、移動・分散、死亡といった本質的に定量的な情報に関しては、取得のための方法論すら確立していません。幼生に関するこれらの情報は、対象種の個体群動態や進化生態を把握する上で非常に重要であり、基礎生物学の観点からだけでなく、水産資源学の分野においても差し迫った需要があります。このプロジェクトで対象にしている腹足類の浮遊幼生はたいへん微小なうえに、長期間にわたる受動移送によって広範囲に分散するため、野外での個体追跡はできません。そこで、室内での飼育実験、胎殻を構成する炭酸塩の化学分析、海流や風による受動移送を予測する数値計算、次世代シーケンサーを用いた集団ゲノミクスといった数多くの異なるアプローチを平行して行うことで、ビックデータを取得していきます。これらの手法から得られた定量情報をベイズ的な枠組みで統合することで、幅広く設定した作業仮説から特定の可能性を絞り込むことが可能であり、謎に満ちた幼生の生態に対する定量的な理解を深めます。 |
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2. NGSが出力する一塩基多型ビックデータの活用保全生態学や水産科学では、海洋生物の野外個体群サイズに関する推定手法の改善が課題となっています。現在の推定手法は、漁業に由来する無作為抽出によらないデータに大きく依存しており、推定値の精度と確度に問題があります。これに代わる次世代の手法として期待されているのが、世代をまたいだ標本の中立遺伝子情報に基づく方法で、クロスキン法(Close-Kin method)などと呼ばれています。この方法は、標本中で検出された親子ペア数(#POP)や半兄弟ペア数(#HSP)の情報から、野外での個体数をベイズ推定するというアイデアに基づくものです。このプロジェクトでは、#POPや#HSPから実際の個体数を推定するためのアルゴリズムを統計学に基づいて作り上げることを目指しています。 |
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3. 温度-サイズ則の適応的意義
外温動物(ectotherms)は、経験した環境の温度が低いほど、長い時間をかけてゆっくりと成長して、最終的に大きなサイズに達します。この表現型可塑性は、外温動物に広く見られる経験則で、温度-サイズ則(TSR)と呼ばれています。1995年にリバプール大のDavid Atkinson教授によって報告されて以後、TSRに関する研究論文は年々増え続けています。近年の国際的な研究の流れとしては、地球温暖化による生物の小型化という応用科学としてのパラダイムが普及しつつあります。その一方で、基礎科学である進化生態学の観点からは、TSRの適応的意義を突き止めることを目指した研究が、現在も続けられています。入江は、タカラガイを海産無脊椎動物のモデル生物として位置づけ、様々な実験や野外調査を進めています。また、2019年からは英国の研究者とも連携して、メタ解析と理論研究を組み合わせた研究も続けています。 |
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4. 気候変動に対する石灰化関連形質の進化的応答
陸棲の無脊椎動物(昆虫など)にはあまり見られないという意味で、海産の無脊椎動物を特徴づける生物現象のひとつが石灰化です。軟体動物(貝類)、棘皮動物(ウニ・ヒトデ)、刺胞動物(造礁サンゴ)、藻類といったマクロベントスだけでなく、多くのプランクトンが石灰質の殻を作ります。円石藻というナノプランクトンは、方解石でできた外骨格(円石)を作り出す単細胞の海産原生生物で、環境条件が揃うと巨大なブルームを形成します。その死骸を構成する大量の円石は海底に沈み、炭酸カルシウム泥として蓄積しますが、炭酸カルシウムは炭素原子を含むため、不定期に起こる円石藻のブルームは地球の炭素循環に大きな作用を担っていると考えられています。円石藻に対する海洋酸性化の影響については、この2000年以降数多くの論文が出版されています。このように、パラダイムとしての海洋酸性化は、環境問題という文脈で「応用科学としての成果」を生み出してきました。それと同時に、海洋生物による石灰化のメカニズムそのものに関する基礎研究を活性化させるという副次的な効果ももたらしました。その結果として、貝類や造礁サンゴといった実際の生物が行う石灰化は、海洋酸性化の研究が仮定していたモデルよりもかなり複雑であることが明らかになりつつあります。生物による石灰化のメカニズムは未解決の問題を数多く残す学際的な研究課題であり、生態学分野からの貢献も十分に可能であると考えています。この数年、私自身は石灰化のコスト取り入れた生活史進化のモデルを構築することを目指して研究を進めています。石灰化のコストを推定するために、地球化学分野で多用される分析装置を用いて、貝殻に含まれる微量元素を正確に定量化するための測定デザインや統計解析の方法を模索しています。 |
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5. 動的最適化手法の生活史進化理論への応用
動的最適化(dynamic optimization)とは、時系列の最適化を通して評価関数の最小化・最大化問題を解決するための手法です。この研究は、いまや最適制御理論の主要な解析的方法として知られているPontryaginの最大化原理を利用したプロジェクトです。この数理モデルでは、軟体部と外殻から構成される決定成長の生物を考えています。性成熟以前には、成長期の各瞬間に資源を軟体部の成長と外殻の成長に自由な比率で分配します。分配の比率は成長期を通して自由に変えることができますが、進化の結果として生涯繁殖成功が最大となるような、最適な時系列をとると考えられます。性成熟後はすべての資源を繁殖に投資します。さらに、成長期の長さ(=性熟のタイミング)も最適化されます。解析の結果、このモデルは自然界で観察される軟体動物の成長パターンの多様性をうまく説明することに成功しました。 |
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6. 空間的自己相関と偽反復問題(pseudoreplication)
ベントスを対象とした実証研究を進めている生態学者にとって頭痛の種となるのが偽反復pseudoreplicationにまつわる問題です。生態学では、論文の執筆に先立って、実験や野外調査で得られたデータを統計学的に解析して仮説検定を実施することが多くあります。統計モデルの多くはランダム項に関して「統計的な独立性」を仮定しているのですが、その仮定を逸脱した際に生じるのが偽反復です。具体的には、実験デザインを確立する段階での判断ミスや野外での環境変数に内在する空間的自己相関などが原因になることが多いです。この問題がやっかいである最大の理由は、統計解析を終えて、論文原稿も執筆し、科学雑誌に投稿して時間が経ってから査読者によって問題点が指摘されることが多い点にあります。「問題ない」と言い張ったり、統計解析をやり直すことで解決することもありますが、場合によってはデータを取り直さない限りは解決できない場合もあります。この問題を広く知っていただくための活動として、2009年に偽反復に関する企画集会をオーガナイズしました(その時の発表資料は下のリンクから閲覧できます)。
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略 歴
1980年 横浜に生まれる. 1999年 慶應義塾高等学校卒業. 2003年 九州大学理学部生物学科卒業. 2005年
九州大学理学府生物科学専攻修士課程修了 (数理生物学研究室). 2005-08年 日本学術振興会特別研究員(DC1). 2008年
九州大学理学府生物科学専攻博士課程修了 (数理生物学研究室). 理学博士号取得 (主査 巖佐庸教授.副査 粕谷英一准教授・山平寿智准教授).
2008-11年 日本学術振興会特別研究員(PD). 2008-11年 琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底実験所PD
(サンゴ礁生物生態学研究室:酒井一彦教授). 2010年 アムステルダム大学 (日本学術振興会優秀若手研究者海外派遣事業) (IBED
Theoretical Ecology Research Group:Andre de Roos教授). 2011-13年
日本学術振興会海外特別研究員・スタンフォード大学ポスドク (Department of Biology: Shripad
Tuljapurkar教授). 2013-14年 東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター 海洋科学特定共同研究員
(生物資源再生分野:河村知彦教授). 2014年 水産総合研究センター 国際水産資源研究所 くろまぐろ資源部 くろまぐろ資源グループ
研究等支援職員. 2014年-2024年 東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門 資源解析分野 助教.
2016年~ 東京大学卓越研究員.
2017年3月 日本生態学会宮地賞受賞.
2019年7月-9月 リバプール大学(東京大学若手研究者の国際展開事業).
2024年10月- 産業技術総合研究所 地質情報研究部門 海洋環境地質研究グループ 契約職員.
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東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会 |
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個体群生態学会第24回年次大会:公募シンポジウム |
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