巌佐 庸
老化は高齢における年当たり死亡率の上昇であらわされる.老化や寿命は進化の結果つくられたものか、それらの進化にはどのようなプロセスが関与するのか、などを進化生物学の観点から考察する.
キーワード 老化の進化、突然変異の蓄積、繁殖価、生存と繁殖のトレードオフ、男女の寿命の違い
議論を明確にするために、老化をある程度客観的な指標で表現する必要がある.ここでは、年あたりの死亡率が高齢になるにつれて上昇することを老化としてみよう.
新しく産まれたゼロ歳の子がx歳まで生き残れる確率を描いたものを生存曲線とよぶが、それは右下がりのグラフである.年当たりの死亡率が一定ならば、生存曲線は指数関数になる.ヒトを含む多くの動物では、新生児のころはよく死ぬがある程度安定するとほとんど死ななくなる.そのあと成熟齢に達したころから少しずつ死亡率があがり、いわゆる老齢になると年あたりの死亡率は加速的に上昇するようになる.
森林の樹木では、小さな苗木のときには回りの樹木に蔭にされて枯れたり植食動物や昆虫におそわれたりで死ぬ危険が高い.しかしある程度の大きさになると、その後はむしろ死亡の危険は小さくなる.それでも地滑りや台風などさまざまな要因によって結局は枯れてしまう.樹木でも、100年間生きることは20年間生きるよりも困難である.しかし、もし年あたりの死亡率が一定ならば、それは老化とはよばない.
より一般的に、寿命がどのように決まるのかを考えてみよう.もちろん野外の動物では捕食者に食われたり感染症で死んだりすることが多く、また事故、食物不足による飢餓などによって死ぬ.これらの要因を除去した環境に飼育したとしても永久には生きられない.十分な餌が与えられ、捕食者や感染症から注意深く守られている現代の日本人のような環境においても、やはり年齢が増すと死亡率は上昇してくる.この状況での寿命を生理的寿命とよぶが、それは種によって大きく違っている.
非常に幅広い動物種について、最大寿命を調べてみた研究がある.そしてその種の体の平均サイズ、食性(草食か、昆虫食、肉食の区別)、生息地の広さ、緯度などありとあらゆる性質を考えて多変量解析をしてみる.すると、寿命に対してもっともはっきりとした影響があるのは、体の大きさである.体の大きな動物ほど寿命が長いのだ.これは小さな動物ほど代謝速度が高いということに由来するものであろう.ゾウがウマより長生きし、ウマがネズミより長生きするというのは、かなりの程度、体の大きさで説明できるのだ.
そこで体のサイズの影響を統計的に取り除いて同じ体の大きさの種で比べてみると、それでも種によって寿命の違いはのこる.たとえば、ほぼ同じ体の大きさであっても、ネズミはリスにくらべて寿命が短い.全体として代謝活性が高く、早く成熟し産子数も多いものは早く死ぬ傾向がある.
では同じ生物種であれば、その中での寿命の違いはないのだろうか.環境の影響を取り除いて同じように理想的な餌環境で飼育してみると、寿命の長い系統や短い系統が存在する.このような寿命の違いはある程度は遺伝的な違いである.
このことは、選抜実験を繰り返すとわかる.より寿命の長い系統を選抜して次の世代をつくらせることを繰り返すと、集団の平均寿命が次第に長くなるのである.そのような実験は、ショウジョウバエを使って特に丁寧になされた1).
ショウジョウバエは昆虫なので幼虫・サナギといった生育時期を経て羽化してくる.羽化後しばらくすると体内の卵が成熟してきて産卵しはじめる.このとき最初に産まれた卵は使わずに、ずっと後になって、ほとんどの雌のハエが死に絶えたころにまだ生き残って産卵をつづけている雌から卵をとって次世代をつくることが行なわれた.すると、自動的に寿命の長い雌の卵を選ぶことになる.もし寿命の長さが遺伝するものならば、母親が長く生きたのだからその娘たちの寿命は平均よりも長いはずである.このような操作を数十世代続けると、ハエの寿命は長い方にはっきりとシフトしていくのだ.これは、淘汰をかけることによって寿命を長くすることができることを示している.
いまとは逆に、羽化してきた雌から最初に産卵した卵をとってそれを次世代とする、ということを繰り返すと、できるだけ早く産卵しはじめるようなハエへと変化していく.早く産みはじめ1日当たりでも多数の卵を産むハエは寿命が短いことが多く、結果として、寿命を短くするよう進化させる実験をしたことになる.羽化して成体になったハエを長く飼育しておくのは手間と費用がかかるので、野外から採集してきたハエを実験室で飼育しておくと、研究者が気が付かないうちに素早く卵を産むように淘汰をかけてしまい、ハエの性質が変わってしまう.
このように、遺伝的に性質の異なる系統がまざっていて多様な集団の中で、次の世代への子供の残こし方にシステマティックな違いがあれば、生物の性質は自動的に変化していく.これはダーウィンの自然淘汰のはたらきである.先に寿命が種によって異なるといったが、それは、生育する環境、生活の様式などによって種ごとに違った自然淘汰を受けたことによると考えてよいだろう.
しかしながら、死ぬこと自体が自然淘汰で有利であったとは考えられない.ある年齢に達したら必ずその個体を死なせるような仕組があったとしても、それ以外の面で何らの違いももたらさないとすれば、それが自然淘汰によって広がることはありえないからだ.高齢の個体であったとしても、子供を残すとか、とくにヒトの場合には自分の子孫や親戚を保護することを通じて、子孫に寄与するためには生きていた個体の方が有利である.だから自然淘汰は(他の側面が同じならば)できるだけ長い寿命をもつようにとはたらく.
にもかかわらず、多くの動物に老化(高齢での年当たりの生存率低下)が見られるのはどうしてだろうか.
毎世代遺伝子の複製を作るときにどうしてもミスが生じてしまう.さまざまな修復機構によって誤りを修正しているが、それでもどうしても一部の誤りが残ることは完全には防げない.ひとつひとつのDNAの塩基当たりではとても小さな値であっても、ゲノムには非常に多数の遺伝子が含まれているために、ゲノム全体としては、かなり高い率で複製の誤りが生じることになる.これを突然変異という.
複雑な機械の配線をランダムに変えれば大抵は機能が低下するであろう.生物の場合にも、ランダムに生じる突然変異は、その多くのものが有害である.非常に有害でひどい機能不全をもたらすものは個体が子供を残せないのですぐに排除される.しかしわずか程度の機能低下をもたらし通常の状況ではなんとかやっていけるといった故障は、自然淘汰で集団から取り除くには時間がかかる.さらに、2倍体生物では一方の遺伝子が機能不全(有害遺伝子)であっても他方のアレルが機能をカバーしてくれるならば、集団から排除できないうちにある程度の頻度まで広がってしまう.
自然界での生物は、ヒトも含めて、毎世代生じる遺伝子のミス(突然変異)とそれを排除する自然淘汰のバランスによってようやく形を保っているのだ.だから我々の誰でもが、多かれ少なかれ有害遺伝子をもっている.このように隠れている有害遺伝子は、自然淘汰の排除する力が弱いときには、どんどん蓄積して全員が持つようになってしまうこともある.
たとえば、ヒトのように20歳前後から40歳前後までの間にほとんどの子供を産み終えると考えてみよう.そこである突然変異が20歳に生じて高い死亡率をもたらすとしよう.そのような突然変異をもった個体は次の世代を残すことができないために故障は広がることがない.これに対して、50歳以降になってから体の不調をもたらす場合はどうだろう.このような故障をもたらす突然変異は排除されない.というのも、本人は苦しんだとしても、発病までにすべての子供をつくり終えているからである.とすると、そのような突然変異は自然淘汰によって排除されず、広がってしまうことになる.このように高齢になってから有害性が現れる突然変異が蓄積することが、老化の究極の原因といってよい.
故障が生じてある年齢の生存率を下げたときに、それがどのような強さの自然淘汰を受けるかを計算することができる.それは、フィッシャーの繁殖価という量に深く関連している2).繁殖価はそれぞれの齢に対して計算され、その齢をもつ個体が死ぬまでの間になす次世代への遺伝的寄与の期待値のことである.それは出生時から次第に上昇し繁殖開始齢には最高値になり、出産がはじまるとともに急激に減少していく.それ以降の年齢での出産率がゼロになれば、フィッシャーの繁殖価もゼロになる.つまりその齢よりもあとで発現するような故障は集団から排除されることなく広がってしまうのだ2).
先のショウジョウバエの実験を思い出してみよう.寿命が短くなるように進化したハエは寿命そのものに淘汰をかけたわけではない.それは羽化直後に産まれた卵によって次世代をつくることを繰り返したにすぎない.これは羽化してすぐに多数の卵を産む個体は同時に寿命が短い傾向があることを意味している.では早い齢で繁殖を行なうことと寿命が短くなることとはなぜ関連しているのだろう.
自然淘汰は、実験条件下のハエにかかるだけではない.それは自然界であっても、長く生きるハエは沢山の卵を産み、また1日当たりの産卵数の多いハエもまた多くの子供を残す.自然淘汰はこれらを両方とも実現するようにはたらくと考えることができよう.進化の結果できあがった集団ではこれ以上の改善ができない状況にあるはずだ.すると、寿命をそれ以上伸ばそうとすれば産卵数は抑えねばならず、産卵数を増やすならばどうしても寿命が短くなるといった「トレードオフ」関係が成立していると考えられる1)2).
自然淘汰は繁殖の成功度を通じてはたらくのだから、生存率を高めることの価値といってもそれは生き延びて将来により高い繁殖成功が達成できることによってもたらされるものだ.いいかえると、生存と繁殖とのトレードオフというのは、将来になされる繁殖成功と今すぐになされる繁殖成功との間のバランスを考えることなのだ.先にも述べたように生存率を犠牲にすることは将来における繁殖を失うことになる.だから、将来の繁殖が重要だと現在の生存が重要になり、将来の繁殖があまり重要ではないと現在での繁殖をより重視すべきだということになろう.実際、野外の動物の場合にも、出産率が低下するような高齢になると、生存率は急激に下がってくる.
たとえば、サケを考えてみよう.産まれてから数年してようやく繁殖に入ると、雌は多量の卵を産み、雄は精子の生産にすべてのエネルギーを使い切るらしく、すっかりへたばってほとんどはそのまま死んでしまう.これは、多量の繁殖成功を実現するために将来の生存を犠牲にした結果と理解できる.
おもしろいことに、分類の上ではサケに近いマスでは、まったく違っている.マスは何度も繰り返して繁殖を行なうため、1度きりで死んでしまうことはない.
生存率を維持することはさまざまな方法で実現できる.野外では、捕食者や病原体に対する防御レベルを高めることも重要な手段である.動物では免疫系を充実することが考えられる.植物は、アルカロイドのような毒物質をつくって葉などの組織に含ませ、植食昆虫やカビから防御している.トゲなどは哺乳類に対して有効らしい.
しかし防御を強めれば強めるほど有利なわけではない.アルカロイドにしても生産するにはエネルギーを費やさねばならない.その分だけ新しい葉を展開して成長する速度は遅くなる.このようなコストを支払って防御することは、成長速度を犠牲にして生存率を改善していることになる.
防御レベルについて理論的に調べてみると、成長にとって都合のよい状況では防御努力を減らし、少々食われる危険があっても成長に振り向けるのに対して、成長に不適な環境では食べられる危険を減らす方にかなりの努力を割くことが有利になることがわかる3).実際野外での植物を比べると植物だと光合成ができないとか栄養塩類が少ないなどの成長の遅い植物ほど防御への投資がよくなされる傾向がある.また、展開したばかりの若い葉や芽など大事な部分については重点的にアルカロイドで防御し、古い葉については手を抜く.植物にとって適応的な防御レベルを計算することによって、このパターンを定量的にうまく説明することができる3).
動物でも原理は同じである.ゆっくり繁殖するものと早く繁殖するものでは、生存率を改善するための努力は前者の方がより強く振り向けるように進化するはずである.ゆっくりしか成長できない寿命の長い動物は、免疫系により多くを投資することが引き合うのだ.逆もいえて、免疫系が強いから寿命が長いともいける.このあたりは一見循環論法のように思えるかもしれないが、動的最適化を使ってモデリングすることによって、どのような状況でどのような防御レベルになるのがよいかを計算し、野外の生物のふるまいと比較することでたしかめることができる.
さてヒトの人口統計で明らかな傾向は、女性の方が寿命が長いことである.
男性であるために、さまざまな無理をしていることもあろう.たとえば行動の上での性差がある.犯罪統計を調べるとどの民族でも20代の男性は実につまらない理由でカッとなって殺人に至る率が高いことが知られている.それは女性に比べて桁違いに大きい.この性差の理由については、進化心理学という新しい分野で現在丁寧な研究が精力的に進められている.
このような心理的性差のことはさておいたとしても、さまざまな病気へのかかりやすさなどについてもはっきりした性差があり、寿命の違いをもたらしている.このような性差の理由には生理学的な理由がいろいろあろうが、進化生物学的にみて大変興味深い現象があるので簡単に紹介したい4).
細胞内小器官であるミトコンドリアは母系遺伝をする.子供には精子からではなくかならず卵からだけ伝わる.だから男性の体に入ったミトコンドリアには将来の世代に伝わる見込みはない.ここで、男性の体の中では機能不全が生じるが女性の体内では何らの異常もひきおこさないような突然変異が生じたとしてみよう.そのようなミトコンドリアは母系遺伝には何らの障害もおこさないために、それらを排除するような自然淘汰ははたらかない.ということは、多数の世代をへるうちに繰返し生じる突然変異は、どんどん広がってしまうはずである.実際には、雄で機能不全を起こすものは、雌の体内でも少しは調子を悪くするだろうから、雄の体内のミトコンドリアがことごとく機能不全になるところまではいかない.
逆に女性の体の中で機能不全をもたらす突然変異は、直ちに排除されるてしまう.
その結果、ミトコンドリアに障害のある遺伝病は、男性だけで発病するようなものであれば幅広く広がってしまい、女性の体内でも有害性を示すものは排除されると予測される.実際そのような傾向が幅広くみられる.これは、男性と女性の寿命の違いをある程度説明する進化プロセスであろう.
発生の過程では、適当な条件がそろえば細胞が自ら死ぬような仕組があるということはよく知られている.また、ウイルスなどにおかされた細胞が自ら細胞死をひきおこしたり免疫細胞が積極的に殺したりすることも、ウイルスが未成熟な内に除去してしまうためである.細胞死をもたらすメカニズム、それをもたらす細胞死の遺伝子とは確かに進化してできあがってきたといってよいだろう.
では個体の老化や死についてはどうだろうか?細胞死と同じように考えて、高等動物の個体についても、わざわざ有限の寿命をひきおこすようにプログラムされているのだとか、老化の遺伝子といった呼び方をされることがある.この言い方には気を付けなければならない.
将来における繁殖が望めない場合には、現在もっている資源をすべていますぐの繁殖に使い果し、生存のための努力を止めることは進化しただろう.サケが繁殖の後ほとんどの個体が死んでしまうこともそのように理解できる.しかしながら、個体の死について細胞死と同じ様な議論をするのは望ましくない.というのも、個体の死がそのものが何らかの有用な機能を果たすことはなく、死そのものを促進するような進化メカニズムは存在しないからである.
個体の老化も死も仕方なく生じるものであり、自然淘汰の観点からいえば避けることができればそれに越したことはない.しかし有限の世界でランダムな突然変異による秩序破壊に抗して完全なるゲノムをもつ個体ばかりからなる集団を実現できるほど、自然淘汰は効率よくはたらくものではないのだ.その結果が老化だと考えることができるだろう.
1) Stearns, S.C.: The evoluti9on of life histories. Oxford University
Press, New York. 249 pp. 1992.
2) 巌佐 庸 『数理生物学入門:生物社会のダイナミックスを探る』共立出版,
1998.
3) Iwasa, Y., T. Kubo, N. van Dam and T.J. de Jong,: Optimal level
of chemical defense decreasing with leaf age.Theoretical Population Biology
50:124-148, 1996.
4) Frank, S.A. and Hurst, L.D.: Mitochondria and male disease.
Nature. 383(6597):224, 1996.