空間構造が進化させる致死的病原体

佐々木 顕(九州大学大学院理学研究院)


空間構造のもとで、より致命率の高い病原体が進化するという一見パラドキシカルな結果について報告する。移動分散距離の限られた環境では、病原体にとって免疫個体は利用不可能であるばかりか感受性個体の侵入を阻害する有害な存在であり、(免疫系との力関係により長さが決まる)感染期間の終了後は、きれいさっぱり殺した方が良いのである。

格子空間上に生息する宿主について、標準疫学モデル(SIR model)にもとづき2種類の病原体(致命率の高い病原体と低い病原体)の競争を考える。各格子点はS (感受性個体)、I (弱毒株感染個体)、R (回復し免疫をもつ個体)、J (強毒株感染個体)のいづれかで占められているか、0 (空き格子) である。感受性個体と免疫個体は隣接空き格子に子を産む。また、感受性個体は隣接格子にいる弱毒あるいは強毒感染個体に感染率 で感染される。感染個体は平均 の感染期間の後、確率 で死亡、確率 1- で回復し免疫を持つと仮定し、致命率(case mortality -- 感染が回復ではなく死亡で終わる確率) の進化を考える。

従来の病原体の毒性(ビルレンス)進化の理論では、毒性は感染個体の単位時間あたりの死亡率増加分と定義されており、致命率の進化を直接取り扱った理論はない。しかし、ポリオウイルスなどの法定伝染病の病原体において、強毒株と弱毒株の違いは主に致命率の違いであり、感染期間(回復あるいは死亡までの時間)にはあまり差がないことを考慮すると、従来の理論の枠組みの変更が必要である。また、疫学動態と病原体のビルレンスの進化に対する空間構造の役割は近年注目を浴びているが(Sato et al. 1994; Rand et al. 1994; Boots and Sasaki 1999, 2000; Haraguchi and Sasaki 2000)、獲得免疫を持つ宿主についての理論的検討は不足している。宿主が獲得免疫を持たないとき、空間構造は弱毒病原体を有利にさせるが (Haraguchi and Sasaki 2000; Boots and Sasaki 1999, 2000)、以下に示すように、宿主が獲得免疫を持つ場合には、空間構造は逆に強毒病原体の進化を促進する。

movie time change
100x100格子空間において、致死的病原体が弱毒病原体に置き換わったあとの状態変化。
は空白格子、は感受性個体、は致死的病原体感染個体
強毒株を300世代目に導入したときの感染個体数の時間変化と病原体集団の遺伝的変化

致死率1の病原体は急速に広がり致死率0の弱毒株を駆逐する。免疫をもつ個体の数は急激に減少し宿主密度は減少する。その後は、感受性個体が空白地に広がり、強毒感染者がそれを追いかけるスパイラル状の時空変化を示す。
:感受性個体、:弱毒株感染個体、:免疫個体、:強毒株感染個体
結果
・空間構造がないとき、病原体の基本増殖率に致命率は影響しない。つまり致命率は淘汰にかからない中立な形質である。

・格子空間構造のもとで、基本増殖率が同じなら致命率の高い病原体ほど有利になる。回復個体が占める格子はその個体が自然死亡するまで感染可能にならないため、病原体は感染期間終了時に宿主を積極的に殺した方がいいのである。

・自然死亡率が低く、増殖率の高い宿主ほど、致死的な病原体が進化しやすい。

・連続形質として致死率の進化をみるとき、進化的な双安定性 (bistability)がある。つまり、致死率の著しく高い系統と、著しく低い系統がそれぞれ局所的に進化的に安定である。
これから、空間構造が疫学動態上重要である宿主(移動分散距離の限られた宿主など)において、獲得免疫の存在が致死的病原体を進化させやすいといえる。この結果は、獲得免疫のない場合に空間構造が弱毒病原体を有利にするという従来の結果 (Haraguchi and Sasaki, 2000; Boots and Sasaki 1999, 2000)と著しい対比をなす。


参考文献
・Sato, K., H. Matsuda and A. Sasaki. 1994. Pathogen invasion and host extinction in lattice structured populations. J. Math. Biol. 32: 251-268.

・Rand, D.A., Keeling, M., Wilson, H.B. 1995. Invasion, stability and evolution to criticality in spatially extended, artificial host-pathogen ecology. Proc. R. Soc. Lond. B 1995;259:55-63.

・Boots, M. and A. Sasaki. 1999. 'Small worlds' and the evolution of virulence: infection occurs locally and at a distance. Proc. R. Soc. Lond. B 266: 1933-1938.

・Haraguchi, Y. and A. Sasaki. 2000. Evolution of parasite virulence and transmission rate in a spatially structured population. J. Theor. Biol. 203: 85-96.

・Boots, M. and A. Sasaki. 2000. Why are insect diseases so virulent? The evolutionary dynamics of local infection and global reproduction in host-parasite interactions. Ecology Letters 3: 181-185.



[2000年3月 日本生態学会年会(仙台)]


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