最近の研究テーマ10選



最近(といっても2001年まで)の研究テーマを10項目にまとめました。[1]-[3]は「病原体の疫学的・共進化的コントロール」に関するテーマで、宿主抵抗性と病原体の病原性(ビルレンス)の共進化過程の集団遺伝学・疫学モデルを基盤として、病原体の対抗進化の可能性をあらかじめ見越した根絶・防除計画を立案し、防除効果やリスクを数量的に評価することを目標としています。[4]-[10]はそれぞれ別のテーマです。

[1] イネいもち病病原菌スーパーレースの出現を押さえる抵抗性品種混殖(マルチライン)防除

植物抵抗性と寄生菌の病原性の軍拡競争的共進化動態をもとに、抵抗品種の混殖、多重抵抗品種の導入などの防除策の効果を複数抵抗品種の導入比とスケジュール、および空間スケールの関数として解析した。(Iwanaga & Sasaki, submitted)

[2] 病原性復帰突然変異を考慮したポリオウイルス根絶計画

生ワクチン株からの一定の割合で病原性復帰株が生じる過程を取り入れて、どのようなワクチン接種計画がウイルス根絶確率を最大にするかを予測するために、確率過程モデルで解析した。たとえ全世界的にポリオによる発症者ゼロの年が何年も続いたとしても、生ワクチン接種を停止すると、経口接種によるポリオウイルス保持者が十分減少するまえに、感受性個体が増加して流行の閾値を越える可能性が高く、強毒株再流行の危険が高いことが示された。(Sasaki, Haraguchi & Yoshida, submitted)

[3] マラリア媒介蚊の殺虫剤抵抗性の進化を許さないマラリア防除計画

マラリアと日本脳炎、デング熱を例に媒介蚊の吸血動物(家畜とヒト)選択性を利用した根絶計画(zooprophylaxis)を媒介蚊の動態とヒトと家畜における感染動態にもとづいて解析し、媒介蚊の殺虫剤抵抗性の進化による根絶失敗を未然に防ぐ防除が成功する条件を理論的に明らかにした。(Kawaguchi, Sasaki & Mogi, Proc. Roy. Soc. Lond. B, 2004)

[4] ミューラー擬態による地理的モザイクはなぜ維持されるか

補食者に対する毒や忌避物質をもつ種がお互いに警告色や翅模様を似せることをミューラー擬態という。亜熱帯性のチョ ウHeliconiusのミュラー擬態では、各地域で複数の種が類似した翅模様に擬態するが、地理的モザイク状に多数の非常に異なる翅模様が共存する。各地域で警告パタンが同調するは、同じ模様が多いほど捕食者に対する警告の効果が強いためであるが、なぜ全地域が1つの模様で統一されないのかが謎である。この謎を探るために、翅模様を決める遺伝子の頻度動態を2次元空間上の反応拡散モデルで解析した。正の頻度依存淘汰によりまず遺伝子頻度はモザイク状に局在化し、以後の変化は各タイプの独占領域の境界の動きに帰着する(界面ダイナ ミックス)。遺伝子頻度の地理的勾配(クライン)の移動速度は、翅の遺伝子型間の適応度の差、環境の空間勾配とともに、境界層の曲率にも依存する。2種の警告パタン変異の地理的クラインが地理的に同期して広がること、安定な地理的モザイクが維持されるためにはクラインが個体群密度や移動率の谷にトラップされる必要があることなどを明らかにした。(Kawaguchi, Sasaki & Yoshimori, Theor. Pop. Biol., 2002)。

[5] ホスト・パラサイト共進化とメタ個体群:非同期振動のペースメーカー

gene-for-geneモデルは、ホスト抵抗性と病原体の共進化の基本モデルであるが、その動態は常に遺伝的多様性消失へ向かう発散振動(ヘテロクリニックサイクル)をもたらす。この系に大域的および局所的移住をともなうメタ個体群構造を導入することによって以下のような興味深い挙動が得られる。(i) 地域個体群を大域的移住によってカップルすると、地域個体群のホスト抵抗性遺伝子頻度とパラサイト病原性遺伝子頻度の振動の位相はつぎつぎに同調をはじめるが、ごく少数の個体群が同調を拒否し、異なる位相での振動を維持する。この少数の非同期個体群は系全体の振動のペースメーカーとして働き、系の遺伝的多様性消失をくい止める。(ii) 局所的移住の割合を増やすと、遺伝子頻度の波がスパイラルあるいはターゲットパタンとして系を覆う。(iii) 多遺伝子座のホストパラサイト動態では、全系がいくつかの領域に自律的に分割され、各領域内では最も遺伝的距離の離れた2つの遺伝子型のペアが選ばれてスパイラル波を形成する。(Sasaki, Hamilton & Ubeda, Proc. R. Soc. Lond. B., 2002)

[6] 真正粘菌の細胞質伝達の直線順位の進化

真正粘菌の配偶子である粘菌アメーバには多数の接合型があり、核の遺伝子(MatA)が支配している。真性粘菌の接合型間には、ミトコンドリアの伝達に関して直線的な順位関係があり、接合子はより高順位の接合型を持つ配偶子からのみミトコンドリアを受け継ぐ。この直線的な順位関係ができる過程を理論的に明らかにした。接合型を決める遺伝子とは別に細胞質伝達抑制をコードする遺伝子があり、抑制強度の異なる多数の対立遺伝子があるとする。接合の際、両配偶子間のうち抑制力の強い方が相手の細胞質の伝達を阻止するが、抑制力が等しいと双方の細胞質が伝達され(heteroplasmy)、細胞質間コンフリクトのため接合子の適応度が下がるとする。集団遺伝学モデルの解析の結果、各接合型に様々な抑制因子が分布している状態から出発しても、1つの接合型を単一の抑制因子が占める状態に収束し、接合型間のミトコンドリア伝達の直線順位が成立することが示された。接合型と抑制遺伝子との間に組み換えがある場合や、抑制因子間の強弱関係が連続的な場合、抑制因子がミトコンドリア遺伝子にコードされている場合についても検討した。(Iwanaga & Sasaki, Evolution, 2004)

[7] 宿主抵抗性と病原性ビルレンスの共進化

イネやコムギと寄生性菌類との関係にみられる病原体のビルレンスと宿主抵抗性の遺伝子対遺伝子相互作用のもとでの共進化過程を、多遺伝子座の集団遺伝学モデルで解析した。抵抗性とビルレンスの共進化サイクルやハプロタイプの多型と非同期振動の条件などを明らかにした(Sasaki, Proc. R. Soc. Lond. B, 2000)。また、生体防除で問題になっている宿主と寄生蜂の包囲作用を巡る連続形質共進化過程が形質のサイクルを導くことを示すとともに、その個体群動態への影響を明らかにした(Sasaki & Godfray, Proc. R. Soc. Lond. B., 1999)。病原体との共進化のもとで有性生殖が有利になるという性の進化の「赤の女王」仮説を、遺伝子対遺伝子相互作用のもとで理論的に検討した。(Sasaki, Adaptive Dynamics of Infectious Disease, 2002).

[8] 空間構造と病原体の進化

空間構造が病原体のビルレンスの進化にどう影響するかを、人口学的確率性を取り入れた個体ベースモデルで検討した。ペア近似などの解析的手法により空間構造のもとでトレードオフがなくても伝染率が中間の値に進化すること、距離の離れた個体間の感染の機会が増えるとより毒性の強い病原体が進化することを示した(Boots & Sasaki, Proc. R. Soc. Lond. B, 1999; Haraguchi & Sasaki, J. Theor. Biol., 2000; Boots & Sasaki, Ecol. Letter, 2000; Boots & Sasaki, Am. Nat. 2002, Boots, Hudson & Sasaki, Science, 2004).

[9] 病原体の抗原型進化のパタン---エピソディクな進化はいつ起きるか?

病原体の抗原型の進化を宿主免疫応答との相互作用モデルの解析により、抗原遺伝子の分子進化速度や分子系統樹パタンを探った。ウイルス抗原遺伝子の分子進化のパタンに関して、大流行した抗原型のまわりで宿主免疫応答が高まり、次の大流行は遠く離れた抗原型によって引き起こされるという断続的な進化が起きるための条件が理論的に明かになった。断続進化の条件は抗体の交差反応性の幅と点突然変異による抗原性変異の幅の比がある閾値を越えることである (Haraguchi & Sasaki, Phil. Trans. R. Soc. Lond. B, 1996; Sasaki, J. Theor. Biol., 1997; Sasaki & Haraguchi, J. Mol. Evol., 2000)。

[10] 季節変動性と交差免疫のもとでのエンテロウイルス抗原型交代のダイナミックスと流行予測

インフルエンザウイルスのように抗原型が急速に変化するような病原体の流行をワクチン接種などによってくいとめるのは困難である。これは流行する抗原型の将来予測が困難であるためである。流行の季節変動性と抗原型交代を示すエンテロウイルスを例にとり、交差免疫を考慮した多抗原型疫学モデルの力学系の周期倍分岐構造と、時系列学習によるニューラルネットモデルによる将来予測を試みた。異なる周期のアトラクター、複数抗原型の同期および非同期振動アトラクターの安定性が抗原型間の遺伝的距離構造にどのように依存するかを明らかにした他、複数の周期アトラクターの多重安定性とノイズによるアトラクター移動などの現象を見い出した。(Kamo & Sasaki, 2002)

研究助成 (1996-2004)

(基盤研究C(2), 2004-2005, 代表) 「適応度地形と進化動態:理論と実験進化系・分子疫学データによる検証」
(基盤研究C(2), 2002-2003, 代表) 「塩基配列擬種分布の進化と共進化の理論---特に制限酵素認識配列の進化を中心に」
(基盤研究C(2), 2000-2001, 代表) 「病原体と宿主の共進化動態の解明と病原体の疫学的・共進化的コントロール」
(基盤研究C(2), 1998-1999, 代表) 「病原体と宿主の軍拡共進化の理論的研究 ― 分子進化・個体群動態・性の進化への影響」
(基盤研究C(2), 1996-1997, 代表) 「病原体の抗原連続変異の進化、およびビルレンス進化の理論的研究」
(基盤研究A(1), 2003-2005, 分担) 「繁殖形質進化と種分化過程:交雑実験・ゲノム解析・数理モデ ルによるアプローチ」
(基盤研究(C)企画調査, 2000-2001, 分担) 「種分化による多様性創出のメカニズムの解明」
(未来開拓「生命の数理的解明」フィージビリティスタディ, 2000, 分担) 「マクロ生命科学の数理的原理の解明と展開」


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