局所集団間の遺伝的交流とメタ個体群動態_河川棲サケ科魚類における実証研究_

小泉 逸郎(北大・農・フィールド科学)

01/08/09, 13:30- at Room No.3631 (6th floor of the 3rd building of the Faculty of Sciences)



移動分散は、生物にとって最も重要な生活史形質のひとつである。進化的には集団間の分化の程度を決定し、生態的には種の分布や個体群動態に影響を与える。野外で個体の移動を追跡するのは困難であることが多いため、代わりに遺伝的手法を用いて集団間の交流を推定する試みがなされてきた。過去数十年間、アロザイムを中心にさまざまな生物集団でこの方法が使われてきたが、その有効性を疑問視する声も数多くある (e.g. Whitlock & McCauley 1999)。批判の中心は単純化しすぎた基盤モデルの仮定にあり(FST = 1/(4Nm + 1); discrete local demes, no spatial structure, no mutation, no selection, migration-drift equilibriumノetc. )、実際の生物でこれらを満たすものは稀であると考えられている。さらに、推定されたGene flowが現在の交流をあらわしているのか、歴史的背景(e.g. recent range expansion, bottlenecks)を引きずっているのかを区別できない。しかし、小さい地理的スケールでは集団間の交流が多いため、現在の個体の移動を反映したGene flowが期待できる。また、集団間の交流が多ければ遺伝的な平衡状態に達する時間も短く、したがって突然変異の影響も無視できる。空間構造を考慮したモデルでは、isolation-by-distance model(IBD)がある。小スケールでこのモデルを検証した研究例はあるが、そのほとんどがIBDを検出できていない。遺伝的分化は二次元(平面)よりも一次元に生息する生物において強く、IBDも検出されやすい。一次元のハビタットとしては河川や海岸線などがこれに当てはまる。サケ科魚類は生まれた川(あるいは支流)に戻ってくるため、それぞれの河川産卵集団を個別の局所集団(discrete local deme)とみなすことができる。そこで我々は、河川棲サケ科魚類が一次元飛び石モデルを検証するためのすぐれた材料であると考え、マイクロサテライトDNA解析から小スケールにおける集団間の遺伝的交流を推定した。その結果、予測どおり支流集団間の交流は本流を介した一次元飛び石モデルによく当てはまった。集団遺伝学モデルとサケ科魚類の生活史を考慮して、推定されたGene flowの妥当性を議論する。 現在、ここから推定した移動パラメータを用いて、局所集団間の交流がメタ個体群動態に与える影響を研究している。これまでに分かったことは、(メタ個体群を絶滅_新生のダイナミクスで捉えた場合) 集団間の交流はメタ個体群動態にあまり影響しないということである。サケ科魚類が河川という一次元のハビタットに生息するため、移動の方向が制限されて移住の効果が強く現れないのかもしれない。こちらの方は、現在得られた結果までを報告する。