佐々木顕(九大、理、生物)
6月 15日 (火) 午後1:30から
理学部3号館 6階 3631 数理生物学セミナー室
ミューラー擬態とは、味がまずい、毒を持つなどの種がお互いに捕食者に対する警告
パタン(翅模様など)を似せることをいう。同じ模様を持つ個体が多いほど捕食者に
対する警告の効果が増し有利になるという正の頻度依存淘汰がかかるため、たまたま
集団中に多いタイプが増加する。また種間で似た警告パタンをもつ個体同士がお互い
を有利にさせ、同じ地域で同じ警告パタンがどちらの種でも好まれることも容易に理
解できる。
問題はなぜ全地域が1つの模様で統一されないのかという点である。亜熱帯性のチョ
ウHeliconius eratoと H. melpomeneのミュラー擬態では、いづれの種にも様々な羽
模様のタイプがあり、地理的に同期して分布している。しかし、それぞれの翅模様の
捕食者に対するインパクト(目立ちやすさや覚え易さ)に差があったり、翅模様と連
鎖した形質によるタイプ間の生存力の差などがあれば、ひとつの模様が全域に広がる
はずなのだ。それぞれの模様が各地域の環境に適応しているという考えや、氷河期の
ハビタット分断と地理的分化の影響をいまだにひきづっているという考えは支持され
ていない。
2次元連続空間で翅の表現型を決める遺伝子頻度の反応拡散モデルを考える。正の頻
度依存淘汰により各地域の遺伝子頻度は初期に多いタイプにほぼ固定し、以後
の変化は各タイプが独占する領域の境界の動きをみることで解析できる(界面ダイナ
ミックス)。以下のようなトピックについて得た結果を報告する。
(1)境界の移動スピード--2種の分布が同期して移動するときのスピード
(2)適応度の空間的勾配
全域で一方のタイプが有利であっても、有利さの度合いに空間的勾配があると有利な
タイプがある領域に封入され広がれないことがある。
(3)個体群密度(環境収容力)の勾配
個体群密度の大小はそれぞれのタイプの有利さには影響しないにもかかわらず、個体
群密度の勾配は分布の境界の運動に大きく影響する。個体群密度の谷間に分布境界が
捕らえられ、安定に維持される。
(4)拡散係数の空間的変動
拡散係数の小さい領域に分布境界が捕らえられる。
(5)分布の形(曲率)の影響(平均曲率方程式の一般的性質)
有利なタイプが空間の小領域から広がるとき、(任意の)初期分布はまず円盤状分布
に近づく。その後の挙動は円盤の半径で決定され、半径が閾値以下であれば有利なタ
イプでも消滅する。