「日本数理生物学会」(仮称)への移行についての提案
2002年7月7日 巌佐 庸(九州大学大学院理学研究院)
生物科学および生命科学における数理モデリングや統計解析,シミュレーション,さらには情報科学的な解析などさまざまな数理的解析は,このところ非常に大きな気運となっています.バイオインフォーマテイックスや生命情報科学,ポストゲノムといったかけ声の多くはDNAやタンパク質情報の効果的取り扱いにひとつの中心がありますが,それに加えてシステム生物学など理論的な研究,生命システムのモデリングなどへの期待はかつてないほど高まっています.その基盤としての数理的研究にも注目があつまることはいうまでもありません.他方で,環境科学としての生態学はここ20年程の間に,生態学および保全生物学,感染症動態などの発展して参りました.一方,数理科学においても応用数学,現象を取り扱う数学が着々と発展しつつあります.数理生物学ないし生物数学はその分野の重要な研究分野です.
日本では数理生物学の研究者の交流の場として,数理生物学懇談会が1988年に発足し,毎年シンポジウムを行うとともに,ニュースレターを年4回発行してまいりました.1996年には京都で国際会議を開催し,昨年にはSociety for the Mathematical
Biologyとの共同開催にてハワイ島ヒロ市において国際会議を開くことができました.一方で,数理生物学懇談会のシンポジウムを主要な研究発表の場として学んだ大学院生が大学などの教育職や研究職につき,数理生物学を発展させています.
数理生物学懇談会は設立以来,「学会」という名称をつけることなく運営されてきました.「学会」の名称がついていないことは,格式張った団体にはしたくないという希望がはたらいていたと思います.そのことの結果として,親密でかつ学問上の批判は忌憚なく行えるようにという趣旨が生かされた形で運営されてまいりま した.
懇談会の名称は,このような長所をもつ一方で弊害があります.逆にいうと公式の団体ではなく,私的な性格の会,親睦会のようなものではないかという見方がなされがちであるということです.
設立当初は,比較的少数の研究室の出身者が共同で運営する組織でした.しかしその後,さまざまな研究機関の会員が増加し,また対象として扱う分野も飛躍的に広がってきました.いまや創立初期の会員よりも,その後に加わられた会員,ことに別の分野の専門家であった方が数理生物学に興味をもち研究活動を始められた方が中心になりつつあるように思います.このような時勢にあっては,「数理生物学懇談会」という名称は,内輪の組織であるように感じさせ,外部の人々にとって敷居の高いものにすると言う弊害が大きくなってきます.公式の団体であることは,ある手続を踏めば,誰でも入会して受け入れられ楽しめるということが宣言されていることになります.
第2に,ことにここ数年,大学や研究機関における評価や改組などが始終行われるようになりました.「学会」としての組織をはっきりさせておかないと数理生物学シンポジウムにおける発表が学会活動として認められにくいという面があります.このことは会員にとっては重大な弊害です.また文部科学省や日本学術会議などにおいては,任意に作成された団体と学術団体とは区別しており,会長やその他の運営メンバーが会員の選挙で選ばれているとか毎年大会を行い研究発表や総会を開いているとか,ニュースレターや学術雑誌を定期的に発行している,会員数がある程度安定しているなどの基準で振り分けています.数理生生物学懇談会は実質的な当然これらの基準をみたしているにも係わらず,組織上で私的な集まりであるというふうに見なされる可能性があります.学術登録団体としておいて学術会議の研連にも所属し,理論生物学の中心団体としておくことが私は必要と思います.システム生物学分野などで別の団体が先に認められてしまった場合には,数理生物学懇談会はこのような発展の道は閉ざされてしまいます.
第3に,対外的に考えても,日本の数理生物学や理論生物学の学会であることをより明確にした名称にしておくことが,外国における数理生物学の団体との間でさまざまな交流を行う時にも,よりスムーズに行えます.たとえ外国の研究者が数理生物学懇談会を認知していてくれたとしても,外国の政府や大学,研究費を拠出する機関などが正式の学会として認めてくれなくては,日本の数理生物学者と交流しようとする外国人研究者に不必要な負担や苦労をかけることになります.
以上のような理由で,「日本数理生物学会」(仮称)という名称に変更しそれに対応した組織換えを行うことを提案します.
○ 組織:
この際に組織としては,次のような骨子を考えています.
(1)会長は会員の直接選挙で選ぶ.
(2)評議員を15名程度これも会員の直接選挙で選ぶ.ここには全国をいくつかの地区に分け,それぞれからは少なくとも一名が選ばれるようにする.
(3)事務局は会長とは別に置く.事務局長は数名の幹事を任命し,会の運営を行う.ニュースレターの発行のための編集部は別においてもかまわない.
その他,会長の任期は2年で,次期会長が決まっていて,会長の任期の前に,学会の動きについて学ぶ時間がある方がよいと思います.また再任不可にするとかもしくは長めの免役期間を設けていろいろな人がたずさわれることが望ましいと思います.
上記の組織は,私が親しい日本生態学会に合わせて考えています.
もう一つのやり方は,評議員を会員の直接選挙で選出し,それらの互選で会長を選ぶものです(会長は間接選挙で選出).これは,日本分子生物学会や日本進化学会がとっている形式です.
○ 数理生物学懇談会との継続性の明記:
毎年行っているシンポジウムを「日本数理生物学会第○○大会」としますが,この回数のところにできたらいままでの数理生物学シンポジウムをすべて含めて,それの継続であることをはっきりさせた方がよいと思います.ニュースレターの通し番号もたとえ名前が変更になっても,番号だけは1988年から一貫している方がよいと思います.会則にも数理生物学懇談会からの経緯を記入した方がよいかもしれません.
○ 学会移行にあたり分野を広げることの努力:
折角の機会なので,いままでの数理生物学懇談会そのままではなく,数理生物学全体を見渡してみて,日本で会員でない人にも話していただくか,アドバイザリーボードに加わっていただく形で参加してもらうのが望ましいと思います.設立当初はこのような異分野の方の話を聞くという努力が盛んに行われましたが,今回日本数理生物学会に移行するにあたり,そのあたりを再度努力することが望ましいと思います.
当初から研究者人口の多かった生態学は今でもつよく,加えて発生学や形態形成の重要な発表が数理生物学シンポジウムでなされるようになりました.また複雑系科学の専門家の方が増えてきたことは心強いと思います.しかし一方で,神経細胞,神経回路,脳などの分野,分子細胞生物学のモデリング,筋肉を含む生理学のモデルなどは,日本の他の学会で活動をされていて数理生物学懇談会では発表が少なくてようです.さらには,もともと多かった数理科学研究者や数値解析学の専門家の発表が必ずしも多くないことは,努力して変えていかねばならないと思います.
このような視点から数理生物学に関連したより幅広い研究者を含めたシンポジウムを日本数理生物学会の最初の大会において開くことが望ましいと思います.
以上は私の個人的な思いつきですので,多くの会員の意見を入れてよりよい案にしていただければと思います.でもこれまでとそれほど変更することなる学会組織に変更することが趣旨です.
御検討のほどよろしくお願いします.
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