マルハナバチから眺めた生態学
マルハナバチは古くから採餌理論のモデル生物として注目されてきた。しかし近年、農業利用される輸入セイヨウオオマルハナバチの野生化によって、保全や外来生物の侵入のモデル生物としても注目されている。今回のシンポジウムでは、マルハナバチを研究されている研究者の方々をお招きし、様々な研究テーマのお話を伺うことで、現在の生態学の一つの傾向を眺める。また、マルハナバチという共通のモデル生物を通して、枠を越えた新しい研究の可能性を探りたい。
講演内容
鈴木ゆかり(九州大学)
「マルハナバチの営巣場所推定法 〜犯罪地理学と採餌理論〜」
マルハナバチは地中に巣を作るため、営巣場所を見つけることが困難である。一方、営巣場所決定に影響を与えると考えられる採餌場所は、比較的簡単に見つけることができる。そのため、採餌場所の分布と質からマルハナバチの営巣場所を推定するモデルを構築した。このモデルでは、非常に単純な採餌行動を仮定し、営巣場所の候補地から、ある採餌場所で採餌したマルハナバチのエネルギー摂取率を計算する。すべての採餌場所について計算し、候補地でのエネルギー摂取率の総和が大きいほど、営巣場所となる可能性が高いとした。
このモデルの特徴は、犯罪地理学(犯罪場所から犯人の拠点を推定する学問)からヒントを得ていること、そして、非常に単純な採餌行動を仮定しているため、推定する際に必要となる野外データが少なくて済むことである。
このモデルを使って、野外での採餌場所のデータを使って営巣場所を推定した。そして実際に営巣したコマルハナバチの巣を見つけ、モデルの推定と比べることで、モデルの検証を試みた。また新女王蜂の出現頻度とエネルギー摂取率の相関をとることでも検証を試みた。その結果、新女王蜂のエネルギー摂取率によって、営巣場所を推定できる可能性が高いことがわかった。
牧野崇司(筑波大学)
「マルハナバチの空間採餌パターン:ハチ個体ごとに、どんな株を頻繁に訪れるのか?」
花蜜や花粉を求めて植物を訪れる送粉者の行動は、植物にとって送受粉の成否を決定する重要な要因である。これまで多くの研究が、植物株に対する送粉者の訪問頻度などを調べてきたが、送粉者の「個体」に着目することはほとんどなかった。マルハナバチやハチドリなどの送粉者は、しばしば個体ごとに異なる採餌範囲を持つことが知られており、持ち運ぶ花粉の親の組成は送粉者個体ごとに異なるかもしれない。また、同じ株を訪れる送粉者でも、訪問頻度が異なれば、送受粉への影響は送粉者個体間で異なるかもしれない。したがって、それぞれの送粉者個体が、植物集団中のどんな株を選び、それぞれの株をどれだけの頻度で訪れるのかは(どのような空間採餌パターンを持つのかは)、植物の送受粉にとって重要である。では、送粉者の個体は、どのようなルールに基づいて各自の空間採餌パターンを決定しているのだろうか?
講演ではまず、フジアザミの自然集団を訪れるマルハナバチの観察結果から、一つの株に訪れるハチの個体数が、ディスプレイサイズ(株あたりの花数)とともに増加していたことを紹介する。次に、大規模網製テント(400平方メートル)の中にマルハナバチと鉢植えを持ち込んで行った実験の結果から、ハチ個体間の相互作用がハチの採餌範囲を狭めていたことを紹介する。さらに、ディスプレイサイズの「見た目」と「報酬量」の効果を分けて調べた人工花実験の結果も紹介する。この人工花実験では、採餌初期のハチは報酬量に関わらず見た目の大きな株を選ぶが、しだいに報酬量の多い株を選ぶようになることが明らかになっている。以上の研究結果から、マルハナバチの空間採餌パターンは、株の見た目、株の花数や他個体の利用状況によって決まる報酬量、ハチ個体の採餌経験によって決まることがわかった。ハチは個体ごとに、株の位置を学習し、報酬量の多い株を中心とした空間採餌パターンを形成することで、効率よく採餌していると考えられる。
日浦勉(北海道大学)
「セイヨウオオマルハナバチの侵入は在来植物の繁殖成功に影響を与えるか?」
北海道胆振・日高地方ではトマトの授粉のために導入されたセイヨウオオマルハナバチ(外来種)が数年前から野生化していることが知られ、在来生態系に何らかの負の影響を与えることが危惧されている。ここではその侵入実態を定量的に調べた例を紹介するとともに、大規模な網室実験によって明らかにした在来と外来マルハナバチによる在来植物の繁殖成功の違いを報告する。
トマト栽培を行っているグリーンハウスの密度が南北方向に異なる千歳市郊外で、6kmにわたり34基のウィンドウトラップを2003年に設置して定期的に回収した。6月初めに外来種の女王が出現したことは、既に野外で営巣に成功していることを強く示唆している。また、ハウスから4km内で外来種が優占種となっていたことは、調査を行った時点でこの地域では外来種の侵入がまだ初期段階にあることを示している。さらに、外来種の密度が高い地点で在来マルハナバチの密度が低下していることは、両者に何らかの種間競争がおこっていることを示唆していた。
3基の大型網室の中に木本、草本を含む多種の在来植物で構成された“在来生態系”を構築し、ポリネータ種の違いによって外来区、在来区、混合区を設けた。外来区では自家和合不和合の両方を含む5種の植物で結実率や果実の質が低下した。この低下要因として、外来種の中舌長が短いことで深い花冠の奥まで届かないことや、偏った選好性による正当訪花頻度の低下が挙げられる。さらに、混合区では、多くの在来植物の繁殖成功が外来区と在来区の中間とはならず、外来マルハナバチと在来マルハナバチとの間の相互作用の存在を示唆していた。このような在来植物の繁殖成功と外来マルハナバチ密度の非線形的関係は、特に侵入初期の在来生態系への影響を予測するのが困難であることを示している。
永光輝義(森林総合研究所)
「セイヨウオオマルハナバチの空間分布と個体群動態および在来マルハナバチとの種間競争:ウインドウトラップを用いた観察と外来種除去による野外実験」
温室トマトの受粉のために導入されたセイヨウオオマルハナバチ(外来種)は日本各地で野生化し、マルハナバチ群集の優占種となっている地域がある。そのような地域のひとつである北海道、石狩地方南部において外来種の空間分布と個体群動態をウインドウトラップを用いて観察した結果と、野外除去実験によって外来種と在来種との種間競争を検証した結果を報告する。
17地点に設置した70トラップのそれぞれによって2004年に採集された外来種の個体数は、温室で使われたコロニーからの分散と水田の広さに正の相関を示した。一方、在来3種は畑と森林の面積が大きい場所で採集個体数が多かった。外来種が多い場所で在来種の個体数とワーカーサイズが小さくなる関係は認めらず、外来種と在来種との種間競争を示唆する証拠はこの観察からは得られなかった。この観察は、土地利用で表される生息地の条件がマルハナバチの個体数を決める主な要因であることを示唆している。
ワーカーの個体群動態を5地点で4年以上観察した。外来種の分布中心部では、外来種が減少し、在来種が増加した。南北の分布周辺部では、外来種が増加したが、在来種の動態は様々だった。南の分布境界では、外来種の分布域が拡大した。この観察結果は、温室からの分散に起源する個体群が「波」として拡大するパターンを表しているのかもしれない。
2005年に1511個体、2006年に2978個体の外来種を6地点で除去した。一方、7地点は対照とし、除去を行わなかった。そして、2004年から2006年までの3年間、これらの地点でトラップを用いてマルハナバチを採集した。除去は、外来種の全個体数と女王個体数を減少させた。しかし、2006年の強い除去よりも2005年の弱い除去の方が減少効果は大きかった。また、除去によって在来種の女王個体数が増加した。2006年と比べて、外来種がより大きく減少した2005年に、在来種はより大きく増加した。一方、除去によるワーカーサイズへの影響は見られなかった。よって、少なくとも女王の個体数について外来種と在来種との種間競争を示唆する証拠がこの実験から得られた。