軍拡競走―コンフリクトが引き起こす進化
コメンテイター:宮竹貴久(岡山大学)
敵対的な種間においては、両種の攻撃的な形質と防御的な形質の間に軍拡競走的な進化が起こり得ます。しかし、軍拡競走が起こり得る系というのは、何も特殊な系だけではありません。コンフリクトが起こっている系すべてにおいて、軍拡競走的な進化が起こる潜在性があります。その系には、寄生者−寄主間や捕食者−被捕食者、はたまた双利共生系という系から、親子間や雌雄間の系までのあらゆる系が含まれます。今回のシンポジウムでは、それぞれの系において先端的な実証研究をされている方々をお招きしてご講演していただきます。それぞれの系でどのように軍拡競走の実証研究が進んでいるのか、そしてそれぞれの系の類似点と相違点はどのようなものなのか。将来の研究の展望も含めて、議論できるシンポジウムをめざしています。
講演内容
上田恵介(立教大学)
「卵でだますか?ヒナでだますか?:カッコウ類と宿主の共進化系の諸相」
要旨:TBA
東樹宏和(九州大学)
「ツバキ果皮とゾウムシ口吻の軍拡競走:相互作用の地理変異から共進化過程を読み解く」
敵対的関係にある異種/異性間の軍拡競走は、しばしば極端な共進化形質の発達に帰結する。しかし、そうした「エスカレーション」の過程に関しては、野外の進化過程を追跡する方法論上の制約によって、その知見の蓄積が阻まれてきた経緯がある。
こうした背景を踏まえ、本発表では、ヤブツバキとその種子捕食者であるツバキシギゾウムシの相互作用系を例に、共進化過程の地理的な変異から、エスカレーションの道筋を解析する手法を紹介する。ツバキシギゾウムシは、その幼虫がヤブツバキの種子を専食するが、同ゾウムシの雌はツバキ種子内に産卵するために極端に長い口吻で(最大で体長の2.1倍)ツバキ果実を穿孔する。それに対してツバキの側は、種子を取り囲む果皮を厚く進化させることによってゾウムシによる攻撃に対抗している。滋賀から屋久島の各地で両者の標本を採集したところ、ゾウムシ口吻長及びツバキ果皮の厚さに非常に大きな集団間変異が存在し(ゾウムシ口吻で2倍、ツバキ果皮で3倍)、両形質のサイズは地理的に相関していた。また、ツバキ果皮に働く自然選択の強さも集団間で異なっており、同形質のサイズが特に大きくなる南の集団で特に強い選択が働く傾向にあった。こうした一連の観察から、このツバキとゾウムシの間では、軍拡競走の進行度合いに地理的なクラインが存在すると考察された。
以上の結果を軸に、形態学・分子系統地理・自然選択の実験的な検出・捕食者の行動生態学・数理モデル等を取り入れた複合的アプローチから、軍拡競走の過程を読み解いていく研究戦略について例を示したい。
狩野賢司(東京学芸大学)
「雄の騙しと雌の対抗戦略〜グッピーにおける性の対立」
雌の配偶者選択に対する雄の騙しは性の対立の一形式であり、理論的研究からその存在は予測されているものの実証例はほとんどない。本講演では当研究室で扱っているグッピーにおける雄の騙しとそれに対抗する雌の戦略について紹介する。本種の雄は雌よりも長い尾鰭を持ち、雄の尾鰭の長さは個体差が大きいが、ガラスによって仕切られた二者択一実験では雌は雄の尾鰭の長さを配偶者選択の指標とはしていなかった。雌は全長の大きな雄を好むことから、尾鰭の長い雄はそれによって全長を大きく見せて雌を騙している可能性が考えられる。実際、尾鰭が短く体長の大きな雄(正直雄)に比べて、尾鰭が長く体長の小さな雄(騙し雄)の子、とくに娘は体が小さく繁殖効率も低いことから、騙し雄との配偶は雌にとってコストとなる。そこで、雌雄を直接に接触させて配偶行動を調べたところ、雌は騙し雄を識別して避けていることがわかった。一方、騙し雄は正直雄に比べて、雌に対するスニーキング頻度が高かったことから、雌に識別されたとしても騙し雄は代替繁殖戦術によって配偶成功を得ていると考えられる。これに対し、雌は配偶相手の雄の尾鰭長によって産仔数や子の性比を調節することでさらなる対抗を行っていることが示唆された。雌の配偶者選択に端を発する雌雄の対立がもたらす、雌と雄で繰り広げられる駆け引きの進化に関して考察する。
千葉聡先生(東北大学)
「カタツムリの武士道: 同時的雌雄同体における繁殖形質の軍拡競走」
繁殖をめぐり雌雄の間で協同ではなく利害の対立を生じる場合には、例えばメスに不利になるようなオスの適応的な変化に対し、メスの対抗適応が起こり、それに対しオスのさらなる適応が促進される、という拮抗的共進化により、雌雄の性質に進化的な軍拡競走が起きることがある。同時的雌雄同体の動物でも、オス器官による配偶者のメス器官の操作により精子競争能力を高めるような行動が進化する可能性がある。このプロセスがエスカレートして特に危険なレベルにまで進化した例と考えられるのが、「love dart-恋矢」である。陸生貝類有肺類の多くの種は、石灰質の鋭い剣ないし刀のようなdartをもち、交尾の際、相手の体にグサリと突き刺す。通常相手から受け取った精包は、嚢状のメス器官の一部で分解されるが、dartを刺されるとその表面に付着している粘液(アロホルモン)の効果で、メス器官は精子を分解する能力が弱まり、受精率が高まる。これはより多くの精子を分解することへのメス器官の適応と、それに対するオス器官の対抗適応の結果として進化した行動だと考えられる。興味深いことに、このdartとそれに関係した器官(粘液腺、dart sacなど)のセットは、柄眼目の多くの異なる系統で何度も独立に出現し、また何度も独立に消滅している。しかもこれらのdartないし器官の形や構造は、独立に出現したと考えられるものでも、驚くほど似ていることが多い。しかし仔細に交尾行動を見ると、刺し方や刺すdartの本数、タイミング、回数などが種や系統群によって大きく異なり、その基本構造に見られる類似性とは対照的である。このような多様な”流派”の出現は、dartの 威力とそれを使う技の間にトレードオフがあること、歴史の違い、そして系統に特異的な生理的性質(身体能力)の違いによると考えられる。