絶滅が危惧されるような野外生物の多くは,漁業対象となる資源生物とは違って食料として有用というわけではない.一部のものには,たとえばゾウは象牙を生産し,クジラがホエールウォッチングで観光・教育のために有用で,植物の中には医薬品の原料になる可能性の高いものもあろう.しかしながら,現在絶滅が問題になっているほとんどすべての動植物は,すくなくとも現在の人間の世代の人にとっては役に立つとは思われないものだ.しかし,有用かどうかにかかわりなく,これまで長い間かかって進化で造られてきた生物が,それに比べれば瞬時と思える時間で人間活動のために永久に失われてしまってもよいのだろうか.世代間の公平という観点でも現在の世代の経済活動によって将来の世代が利用できなくなる不可逆な過程を引き起こすことはどこまで許されるのか.取り返しのつかない喪失に対する危機感は,一般社会の人々にも漠然とした不安として感じられ,野生生物の絶滅を防ぐための保全活動にさまざまな努力が向けられている.
野外生物が絶滅の危険にさらされているときにどのように対処すればそのリスクを下げることができるのか.このような問いに対しては生物学的な知識にもとづいた研究が必要となるが,これは保全生物学とよばれている(鷲谷・矢原1996;樋口1996).実際,野外で絶滅の危険が高いとされる「絶滅危惧種」をまずはリストアップし,それからそれらの中でもことに絶滅の危険が高いと考えられるランクの生物については,とりあえず生息地を確保したり狩猟や漁業の対象からはずすといった手段がとられる.また遺伝的な多様性を見積もるために中立遺伝子の多様性が測定されることも多い.
集団の絶滅および存続という事象は長い期間での存続が問題になっているということからわかるように,調査や実験だけの研究では不十分である.野生生物の絶滅の危険の程度を見極めてランクづけをする作業にも,またどのように対処すれば絶滅の危険を減らせるのかを予想するうえにも,さまざまな数理解析やコンピュータシミュレーションによる将来の予測が用いられ,PVA(Population
Vulnerability Analysis, Population Viability Analysis)と呼ばれている.
野生生物の絶滅にはどのようなプロセスがはたらくのか.
生物が人間活動によって生息地が狭くなったり細分化されたとき,それから絶滅に至るまでの間にはさまざまなプロセスがはたらく(図1).
ある生物が生息する場所として,たとえば100個体が生息できる程度のものを確保しておけば,未来永劫にその生物の存続は保証されたことになるのだろうか.いやそうではない.長時間待てば,有限の生物集団は環境の揺らぎや個体の繁殖の揺らぎによって個体数がいつかはゼロに到達し絶滅してしまう.
野外の生物はこのような多数の集団からなり,ある局所集団が滅んだとしても他からまた再侵入することによって回復する.絶滅と再侵入によって維持されている全体集団のことをメタ集団という.生息地を分断するように道路などが付設される細分化されてしまうと,総面積はさほど変わらないとしても絶滅の危険は急激に上昇することがある.
最近,野外動物がウイルスや寄生虫などによる感染症による大量死亡が報告されている.もともとはイヌにしかかからなかったはずのジステンバーウイルスが,最近表面抗原を変化させて,数千匹のライオンを殺し,多数のアザラシ・タヌキを殺していることは,病原体の恐ろしさを改めて示すものである.
またある種の絶滅はそれだけにとどまらず,それを利用していた他の種を滅ぼし,また競争者が増えるために別の種が滅んだりといった波及効果が生じる.わかりやすい例とては,送粉者が来なくなったために自家不和合性のサクラソウが種子を実らせることができないことがある.種の除去が生物群集の中を広がっていることについては知られているものの(Pimm, 1982),結果は予測しがたく一般化できない・1つ1つの種の生態を調査することが必要である.
集団サイズが小さくなると,遺伝的劣化が生じる.1つは近親交配により隠れていた有害遺伝子が発現することにより子供の生存率が低下する近交弱勢である.もうひとつは,遺伝的に均一になることでたとえば病気に対する抵抗性が低下することである.たとえばチーターやイチオモテヤマネコなどでMHCの多様性が少なくなっていることから病気の蔓延が危惧されている.
以上に挙げたような生物学的なプロセスは,互いに協同して影響を強め合いながら,最終的には絶滅を引き起こすと考えられている(図1).
しかしながら,これらのプロセスがそれぞれどれだけ重要なのか,どのような状況ではどれがもっとも重要なのかなどについてはほとんど知られていない.それは異なるプロセスの重要性を共通の規準で評価する一般的な方法が確立されていないからである.
ここで,このように多数の異なるプロセスが最終的に絶滅のリスクにどのように影響するのかを測るために,集団の期待存続時間を規準にすることを考えてみる(図2).これは人間の健康に対するリスクを平均余命への影響によって測るというアイデアに似ている.たとえばタバコを吸うことは今すぐに命の危険をもたらすわけでないとしても,喫煙の習慣が何十年も続くとさまざまな病気になりやすくなり,その結果生き残れる時間の期待値,平均余命がいくらか短くなる.環境科学では,環境に流れ出した有毒科学物質が引き起こす有害性を人の平均余命の短縮の度合いによって評価することが行われている(中西,
1996).
環境科学では,現世代の人間の健康に対するリスクだけでは不十分で,環境に対する悪影響を「生態リスク」という別の規準を立てて考えることも試みられ,そのリスクの評価の基盤には種の絶滅確率の推定値をもってすることが提案されている(中西,
1996).環境科学と保全生物学というまったく別の観点から,同じように絶滅確率の推定が問題にされているのは大変興味深い.
そもそも野生生物集団の絶滅リスクなど不確定な面が多すぎて推定など不可能なことなのだろうか.それともある側面に限ればある程度のことが言えるのかどうか.このような問いに答えるための第1歩として,以下では最も簡単な状況での集団の絶滅確率についての考察を紹介したい.
絶滅の生じ方を考える際に,3つの異なるタイプに分けることができ,議論をはっきりさせるには,これらを区別することが必要であると思われる.
[1]どんどん減少している集団
その第1は、個体数がどんどん減少しつつあり,今の傾向が続けば比較的短い時間で滅ぶ場合である(図3A).このときには一日も早くこの減少を防ぎ、つまり増殖率が正になるように生息地を確保したり人間活動による干渉を制限したりすることが必要である.日本列島における絶滅危惧植物のリストアップをする作業において絶滅までの待ち時間を規準にしてクラス分けをしようというのはまさにこの状況に対応している(本号の矢原論文を参照).
[2]いったん激減した集団の回復可能性
第2の状況は、対象となる生物の数がごく少数にまで激減した場合である.生息地を確保し環境を整備して、平均的にみれば個体数は増大するようになったとしよう.このとき個体数の回復は確実であろうか.実はそうとは限らない.環境の変動や人口学的ゆらぎがあるからだ(図3B).ごく少数の個体数から出発して集団が安全圏のサイズにまで回復する確率は,分枝過程の方法によって計算できる.
[3]持続的集団の存続期待時間
上記の2つの状況はいずれも数世代といった比較的早い時間で勝負がつく話である.第3の状況は、生息地が確保され安定した環境が与えられたとして、長期にわたって集団が持続的に維持される場合である.先に述べたように生物集団は無限に存続することができない.どの生物でも長期にみればかなり大きな環境の揺らぎが起き,さらに揺らぎによって個体数がたまたま0になることがあって、集団は滅んでしまうのだ(図3C).
滅びかけている野外生物種を何とか回復させるという保全の施策にすぐにかかわるものは第1と第2の状況であろうが,より長期での生物集団の存続に対して,人間の活動がどのような脅威を与えるのか,さまざまなプロセスがどのように効くのかを考えるには,第3の状況を考えるのがよいと思われる.
では生物の絶滅の生じ方はどのように推定するのだろうか.生活がよくわかっている生物については,それは個体群動態(つまり人口変動)のコンピュータシミュレーションモデルをつくることである.どのようにするのか,もっとも簡単な例について説明してみよう.たとえばツキノワグマの集団が絶滅するまでの時間を計算するとする(三浦・堀野1995,報告書).まず,出産率は年齢によって異なるので,年齢別の個体数を考える必要がある.年齢ごとの生存率・出産率が決まっていると,個体数は時間とともに指数関数を描いてどんどん増加してしまう・そこで密度がある程度増えると出産率が低下するというふうになっているだろう.すると個体数はロジスティック増殖のようにある程度のレベルに収束するようになる.これに加えて,環境の変動を入れる必要がある.ツキノワグマの場合にはブナなどのドングリの豊作の年にはメスの妊娠率・出産率が高くなり,凶作の年には低下するという.このようなドングリの豊作・凶作が年ごとにランダムに変動すると仮定していくと,クマの個体数は環境収容力という平均レベルのまわりを大きく揺らぐことになる.これに加えて以上の計算で得た次世代個体数の平均値の周りにポアソン分布をすることで,有限時間のうちでゼロになるというシミュレーションモデルができる.
ここで説明してモデルはもっとも簡単なものであり,実際にはいくつかの地域集団にわかれていてそれらの間で行き来をしたり,餌が減って回復するのにしばらく時間がかかったりといったことがありもっと複雑である.
生息地,年齢,生理的状態などと属性ごとに分けてそれらをもつクマの個体数を追跡すると,考える区分が多数になって大変である.そのときには各個体をコンピュータメモリーの中に表現し,それがそれぞれのルールで成長したり場所を移動させるようなモデリング(個体基礎模型)の方が有効になる.
絶滅までの待ち時間を推定するためには,このようなモデルを同じパラメータで500回から1000回程度の繰り返し計算をしないと,ある程度正確な推定値は得られない.また含まれるパラメータが多すぎてそれらを逐一変えて絶滅確率を計算することには大変な時間がかかるので,一般的な傾向を抜き出すのは困難である.また野外の生物集団について,それら多数のパラメータをデータから統計学的に信頼出来る程度に求めることは通常は困難である.生態モデリングでは,多数のパラメータのうち必ずしも値が確かでないものについては想像で適当に値を決めていくのが普通であり,コンピュータシミュレーションの振舞いが予想とそれほどかけ離れていない場合にはほぼ正しいモデルと見なして取り扱うことになる.
ここで少し違ったやり方を考えてみよう.絶滅を考える上にどうしても欠かせない要素だけを含んだ極めて簡単なモデルで,それについては絶滅待時間の分布やパラメータ依存性がほぼ完全に分かっているものを標準モデル(カノニカルモデル)として選ぶ.そのモデルは少数のパラメータしか含まず,またそれらに対する依存性もほぼ完全に理解されているとする.そして,先にあげたような複雑で現実的なシミュレーションモデルに対して,それと近い振舞いをするようにカノニカルモデルのパラメータを選び,あとはカノニカルモデルについての公式を用いて絶滅待ち時間を推定するのである.これは,複雑で現実的なモデルに対して,それと似た振舞いをする単純なモデルを作り,後者の挙動から複雑なモデルを理解するというもので,アグリゲーションと呼ばれるプロセスにあたる.
しかしながら,数学的に解けるモデルで,絶滅の待ち時間を考えるために用いることができるものはごく限られている.その例として次の式を考えてみよう.ここでxは個体数を表わす:
式は省略・・ (1)
と表わす.右辺の第1項は平均的な個体数の変化を表す式で、ロジスティック成長を示す.rは個体数が小さいときの増殖率を、Kは環境収容力と呼ばれてその生息地で安定に維持できる個体数を表す.しかしこれだけだと個体数はなめらかに平衡状態に収束し,絶滅は議論できない.そこで他の2つの項であらわされる確率変動を考える必要がある.
ここで2つの種類の確率変動を区別せねばならない.最初のタイプは、たまたま雄ばかりになるとか、子供が続けて死ぬことによる個体数の振れであり、人口学的確率性という.集団が平均的に増大するときに1個体当たりの増加率が世代あたり20%といっても、10匹の雌が次の世代にはかならず12匹になれるとは限らない.それぞれの雌は2匹・5匹の娘を残せるかもしれないし、まったく残せないかもしれないのだが、平均増加率が1.2であるというだけだ.このような揺らぎは個体ごとに独立に生じるので、個体数が多くなると互いに相殺して相対的重要性が減少する.その大きさは個体数xの平方根に比例することが(1)式では右辺第3項であらわされている.はホワイトノイズと呼ばれ、短い時間で符号が頻繁に入れ替わる変動を示すものである.
これに対して、ドングリの豊作の年ならばどの雌グマにとっても出産率は高く、ドングリが凶作だとすべての雌の出産率が低いだろう.このような環境変化の影響は、個体数が増えても消えることがない.これは環境確率性という.(1)式の第2項に示すようにこれは人口xに比例している.もやはりホワイトノイズでは増殖率の揺らぎの強さを表す.
これら2種類の確率性の相対的重要性は個体数の大小によって違い,そのために両方ともが働かないと絶滅は生じない.たとえば,人口学的確率性だけでは絶滅はきわめて遅い.環境収容力が数十個体もあれば、絶滅までにはほとんど無限といってもよいような長い時間がかかる.逆に、環境の変動だけを考えて人口学的確率性のないモデルでは、個体数は大きく変動することになるけれども、定常分布があり決してゼロになることはない.つまり、環境変動性だけでは絶滅は生じない.両方が入ったモデルを考えてみると、まず環境の変動によって個体数が大きくふらつき、たまたま悪い気候が数年つづいたときには個体数がゼロ近くになる.そこで、人口学的確率性が強く働いて集団を絶滅に追いやることになる.こうして両方の確率性を含んではじめて、集団の絶滅が取り扱えるモデルになるのだ.
上のカノニカルモデルは,絶滅を論じるときに必要な最小限度の要素を含んでいる.確かに現実的とはいえないが,数学的に解けるモデルとしてはこれ以上は複雑にできない.
先に説明したように、図3Cに示したような長期間での存続を問題にする場合には、個体数が平衡状態に到達した後での絶滅を考えていることになる.小さな個体数から出発すると図3Bにあるような初期での絶滅の危険があるが、これさえうまく切り抜けられれば、個体数は平衡状態のまわりをふらついて最終的に絶滅に至るまでの間に、通常かなり長い時間がかかる.この時間は、初期個体数がごく小さな場合を除けば、初期個体数にはほとんど左右されない.個体数の絶滅は、世代あたり一定の確率で生じ、待ち時間は指数分布に従う.つまり絶滅はあたかもまったくランダムに生じるかのように取り扱うことが許される.絶滅までの平均待ち時間の逆数が世代当たりの絶滅確率である.
(1)式は確率微分方程式と呼ばれており,それについてはさまざまな量が計算できる.たとえば,絶滅までの平均待ち時間は:
式は省略・・ (1)
となる.これを直接数値積分することもでき,これにもとづいてr、K、の式としてあらわした近似式を作ることもできる.
生息地の縮小,細分化,有害化学物質への暴露,病気の蔓延,遺伝的劣化,などさまざまな要因は,何らかの形でこのモデルの3つのパラメータ(r、K、)に反映されると考えることができる(図2).
図4は、絶滅期待時間と環境収容力,つまり生育地の大きさとの関係を示している.3つの曲線は環境揺らぎの強さ違う場合を示す.環境揺らぎが小さいと,くて主に人口学的確率性だけによる場合、生息地の大きさがある程度あれば、絶滅までの待ち時間はきわめて長くなる.それに対して環境揺らぎが大きいと、生息地の大きさKが倍増しても待ち時間はほとんど増えない.絶滅率の示す性質を理解するには,環境変動の強さについて知ることがぜひとも必要である.
2番目の例として、環境の有害化学物質の濃度が少しずつ上昇し、その結果としてどこかの成育段階での生存率が数%減少したとしてみよう.もとの個体群動態の式に個体数に比例するようなマイナス項がつけ加わったものとして扱うことができよう.このことは、rとKとが同時に同じ割合で減少するとして取り扱えることがわかる.このときは変化しないと考えられる.これは遺伝的劣化や風土病で生存率がある割合だけ一様減少する場合にも当てはまる.
さらに別の例として、感染症の伝播や有害化学物質の流入がランダムな時刻にパルス状に生じて被害をもたらし、そのような事件が何回生じるのかは確定してないとしてみよう.すると、平均で生存率が低下するだけではなくて、たまたま事件が生じなかったか多数回生じたかによって生存率がふらつくことになる.だからrとKが下がるだけでなくてが上昇することになる.
生存率や出産率を生態学的な調査研究から調べることはなかなか大変である.しかもそれらの変動の幅も含めて知る必要がある.というのは,環境の変動の強さが絶滅率の値だけでなくそれの生息地の大きさに対する依存性なども大きく変えてしまうからである(図4).一つの方法として、過去の個体数の変動する時系列が得られれば,それから必要なパラメータを読み取ることが考えられる.個体数変動が(1)式に従っている場合には、個体数の時系列x(t)をみて、その平均値から環境収容力を推定し、また自己相関関数から、パラメータrと環境変動の強さを決めることができる(図5).(1)式のモデルからつくった個体数変動をもとに逆にパラメータを推定してみると、時系列がある程度長くて環境の揺らぎが極端に大きくない場合には、かなり正確に推定することができる.図6は,このように時系列を用いて以上のようなやり方で推定した絶滅待ち時間と正しいモデルによる絶滅待ち時間が,近いことを示している.
より一般の場合についても、対応するシミュレーションモデルをつくり、モデルが作り出す時系列に対してカノニカルモデルをフィットさせパラメーターを決め、それに基づいて絶滅率を推定することが考えられる.そのような拡張のいくつかの例について以下で考えてみよう.
第1に、集団に内部構造のある場合が考えられる.たとえば、多年生植物で成体で越冬する場合と土の中の休眠種子で越冬する場合を考えるとよい.また、齢構成が重要であるとすれば、個体数といった1つの量で個体群動態を表現することはできず、複数の量を追跡する必要が出てくる.
第2に、環境の変動には通常,自己相関があり,毎世代独立とは限らない.(1)式のモデルでは、環境の変動がホワイトノイズで自己相関がまったくないと仮定しているが,実際には,環境パラメータは時間とともに相関をもって変動することも考えられる.たとえば集団の増殖率が3年ごとに変化する場合には、悪い環境や良い環境が少なくとも3年間ひきつづくことになるので、毎年独立に変動する場合に比べて環境の揺らぎの効果はずっと強く現れることになる.「変動の有効強度」というものが定義できたとすれば、それは自己相関がない場合に比べて強くなるだろう.時系列データからパラメーター推定する方法は、この場合にも使うことができる.つまりモデルが出力する時系列にフィットさせてrとKとを決め、それから絶滅確率を求めるのだ.そのを変動の有効強度とよぶことができよう.
第3に、餌がそれ自体生物であって、食べられることによって減少するとしてみよう.考えている動物の個体数が増えるとしばらくして餌が減少し、それは動物の個体数増加を止める.もし餌の個体数動態がゆっくりしていて反応に時間がかかるならば、個体数の制御に時間遅れの効果のあるモデルで近似されることになるだろう.このときに,遅れを考えていない(1)式にもとづく予測がどの程度有効なのかはよく調べてみる必要がある.
そもそも生物は1種類で生息しているわけではない.競争者や捕食者、寄生者などが動物の個体数の変動に遅れて数を変えるとするときの絶滅確率がどのような影響を受けるのか、そのときでも一番簡単なロジスティック方程式による予測が有効かどうかは興味深い課題であろう.
現在用いているモデルで考慮されていない要因が重要であると、対象となる生物集団が絶滅するまでの待ち時間の絶対値については必ずしも信頼できない.とはいえ、ある施策と別の施策とを比べてどちらが絶滅のリスクをより小さくできるかといった比較には、モデリングに基づいた方法がかなり有効に使えるのではないか.また、個体群の絶滅を促進するような様々な脅威の重大さを比べるというとき、存続期待時間の短縮量によって評価することもできるかもしれない.
ここでは,環境の変動や人口の揺らぎによって生じる絶滅が確率事象であることから、それにもとづいて個体群に対するさまざまな脅威を、世代あたり絶滅確率の上昇という1つの量としてとらえる話をしてきた.しかしながら絶滅の確率性という考えは、このようなプロセス事態の不確定性だけではなく、人間にとっての知識の欠如の表現としても有効な場合がある.例えばある哺乳動物の個体数の変動を表すモデルを作ったときに、その齢別の生存率や出産率が知られていない場合が多いので、他の哺乳類の生存率のパターンを援用せざるをえない.どのパターンを用いるかによって個体群の増減の推定が異なるとすればどうだろうか.また出産率について、最大の値と最小の値以外、全く不明ということもあろう.このような知識の不足は、パラメーター値を無作為化し、確率化することでモデルに組み込むことができ、絶滅確率を議論することができる.
野生生物の保全を考えるときに必要な推定法,モデリングや管理技術は,水産資源を安定に持続的に利用できるように管理するために発展してきたものとかなり似た面があり,水産資源解析学から学ぶべきことは極めて多い.しかしながら,資源解析学からみればはるかに不確かなデータにもとづいて生活史の多様な多数の種について重要な判断をつぎつぎと下さねばならないというのは,保全生物学のもつ宿命であろう.