(日本生態学会誌特集のまえがき)
森林生態系:地球変化の研究へむけて
巌佐 庸・甲山隆司・広瀬忠樹
 


地球変化の研究と日本における生態学

地球変化の生態系に対するインパクトや生態系の環境形成への役割といった大きなスケールの話題になると,私たち生態学者は,自分たちの研究とはかけ離れた縁のないものと思いがちである.温度上昇,CO2濃度の変化,それらによる植生帯や生産力,生物多様性への影響など,どれも人類にとって大事な問題で,一般社会は生態学者が答えてくれるのではと期待している.しかし,多くの生態学者は,動植物の生き方に興味の中心があり,送粉共生,種子分散,葉の展開の季節性,ギャップを巡る競争,などといった研究は,物質循環や生産などいわゆる生態系生態学の研究とはうまく繋がらないと感じてはいないだろうか. 


 この特集の企画の1つの目的は,この生態学者の感覚が間違っていると訴えたることにある.地球環境変化の理解や予測をするにあたって生態学者に問われていることは,現在の生態学の知識にもとづけばどれだけのことがいえて,どこに不確定性が残るのか,それを明らかにすることである.その基礎として,生理生態学・デモグラフィー・ギャップ動態・フェノロジー・植生区分など,基礎生態学の各領域の研究は,構成要素として欠かすことができない.そして,さらに必要なのは,各領域に携わる生態学者が,領域をまたがる統合的な視野をもって,地球環境変化という課題に取り組むことである. 


 岩手大学で開かれた第42回生態学会年会において,森林生態系を中心に地球変化の研究に関連した2つのシンポジウムを組んだ.1つは「森林生態系のモデリング:ギャップダイナミックスからグローバルチェンジへ」(巌佐・広瀬企画)であり,もう1つは,「葉群・樹冠・林冠−構造の自律形成過程」(竹中・甲山企画)である.本特集は,これら両者のシンポジウムの講演者の論文を集めたものである.


森林生態系のモデリング

 地球変化に対する森林生態系の応答といった長い時間における変化を理解し予測しようとすれば,実験や測定だけではなく,どうしても数理モデルによる解析やコンピュータシミュレーションによる予測や統合化が必要になる.特集の第1部では,森林生態系モデリングをとりあげる.

 30年前におこなわれたIBPにおいては,大きく複雑なコンピュータシミュレーションモデルをつくり,そこにすべてのデータを入れることによってあらゆる問いに答えられるようにするという構想がすすめられたが,結局完成しないままに終わっている.そもそもモデリングとは,複雑な現象の中から本質的と思われる側面を抜き出して,単純化することによって系を理解し将来を予測するところに意義がある.どの程度までの詳細を含むべきか,予測すべき側面とパラメータ決定に用いることのできるデータの量と質によって違ってくるもので,複雑で現実的なモデルがつねに優れているわけではない(巌佐, 1990).

 この反省から,現在進められている森林生態系の地球変化への応答に関する国際共同プロジェクト(後に説明するGCTE)では1つの大きなモデルではなくて,さまざまなレベルの多数のモデルを組み合せる方法が試みられている.つまり森林を,まず個々の林冠の枯死や再生といったパッチスケールでのモデルから森林全体の動態(ランドスケープレベル),そして地域の動態(リージョナルレベル),それを積み上げて地球全体の変化(グローバルレベル)というふうに,時間的空間的に細かなスケールのモデルからより単純化し大まかな時間空間スケールのモデルへと積み上げていくという方式である.本特集でも,パッチからグローバルまで異なるスケールでのモデリングを示すことによって,有効な森林生態系理解のありかたを議論する.

 「森林生態系のモデリング」では,永年にわたってグローバルな対象を取り扱ってきた生態系生態学の研究者ではなく,フェノロジーの研究者である菊沢やサイズを巡る樹木の競争を研究してきた甲山の試みを紹介する.大きなスケールのテーマからみるとずいぶん離れているようにみえる側面の研究者が,いかにして地球レベルの生態系応答の理解に貢献できるかを検討していただきたい.また,太田と久保は大学院在学中の若手研究者である.ふたりの研究を介して,若手研究者の地球環境変化や生態系モデリングへの関心を喚起したい.

 4人の論文を以下にかいつまんで紹介しよう.甲山は,樹木の間の高さをめぐる競争に注目して,偏微分方程式モデルにもとづいて森林を構成する樹木集団のさまざまな現象を明らかにしてきた.今回は,緯度方向の空間的分布をとりこみ種子の散布能力も考慮して,たとえば温暖化によって気候が変化したときに,対応する植生帯がどのように応答するのかを調べた研究を報告している.気候が変化したあとも植生帯の動きは遅くて,最終状態に収束するには驚くほど長い時間がかかるという結論が得られた.種子散布様式や空間の不均一性などの問題がこのスピードにはかかわってくるので,熱心な討論がなされた.

 森林生態学の中でここ20年ほどの間に大きくなった分野に,森林の更新過程の研究,ことにギャップ動態とよばれる分野がある.前号の特集にあるように,近年は撹乱が頻繁に生じる渓畔林の研究に多数の生態学者が注目している.パッチレベルの森林動態では,森林を多数のパッチに分けて,ぞれぞれが独立に状態遷移をするというモデルが用いられてきた.しかし,熱帯林から温帯林,亜高山帯林までさまざまな森林ですでに存在しているギャップのそばでは倒木が生じやすく,ギャップが拡大する傾向にあるという.久保は,格子モデルを用いることによって,このようなギャップの消長を追跡し,ギャップサイズ分布を導出している.格子モデルは,植物や海産固着性動物などの動態のモデルとして近年盛んに用いられるようになってきたが,単なるシミュレーションによる研究が多い中で,久保は解析的な計算法をも開発し,その有効性を示している.

 菊沢は,樹木の葉の展開のフェノロジーや葉の寿命についてコスト・ベネフィットモデルを展開してきた.ここでは,常緑樹林と落葉樹林の緯度に対するパターンを取り上げ,常緑樹は1年のうちの生育季節の長いところと短いところの2箇所に現われる傾向の説明に成功した.さらにパラメータをランダムに変動させて,生育可能な組合せの数から,樹木の種数についての緯度および高度のパターンを説明している.単純なモデルからスタートしながら,非常に幅広い重要問題に答える点,生物の適応戦略の観点といった進化生態学に基礎をおいて生物多様性や地球変化に取り組む姿勢は,じつに見事である.

 太田は,これまでに地球上の気候帯を説明するための方法や生産力の推定について,レビューを行なっている.気象情報に基づく経験式を用いるものから生理生態学的根拠によるものまでさまざまなモデルがあるものの,基本的には気候から平行状態での植生を予測するもので,甲山が示したような最終状態への収束に長い時間がかかることは考慮されていない.生態学会では,このような研究が発表される機会が少なく,太田論文は学会員に大変貴重な仕事の糸口を与えてくれるものであろう.

 当日のシンポジウム会場では4人の論文に対して,それぞれ1人からコメントをいただいて,かなり白熱した議論がなされた.時間の不足のために,生態学におけるモデルの役割とかモデルはどの程度簡単なものであるべきか,などの重要な基本問題を議論する総合討論の時間が採れなかったのは残念であった.


森林構造の自律形成過程

 さて,こうした大スケールの森林生態系のモデリングを,実効ある予測科学として展開するためには,その基本に,森林生態系の自律的な形成/修復のフィードバック機能がなければならない.とりわけ,急速に進行する地球環境変化に対する生態系のレスポンスを予測するためには,機能的な理解が不可欠である.

 森林の有機物生産の主役である林冠(canopy)は,シュート(茎頂を生長点とする枝先)をユニットとして展開する3次元のアーキテクチャーである.林冠は,森林を構成する樹木集団の葉群を全体として捉えて呼ぶ言葉であり,一個体のつくる葉群は樹冠(crown)と呼ばれる.林冠を構成する各シュートは,それぞれに受け取る光資源を利用して光合成生産をおこなう.近接するシュートどうしは,同一個体の樹冠内でも,同種個体間でも,さらには異種のシュート間でも,光の奪い合いという共通の相互作用をおこなっている.したがって,個体の樹冠生長から多種系の自然林の林冠構造形成まで統一的な視点で把握することが可能だろう.

 森林の葉群構造−林冠の存在は,環境資源の分布を構造化する.いっぽう,葉群形成の素過程である各シュートの光合成・成長反応も,資源の空間構造により制御されざるをえない.森林生態系の自律形成と,林木群集の多様性の維持されるメカニズムを解き明かすためには,植物体の形態=構造の形成と,資源の空間構造とのあいだのフィードバック系に注目する必要がある.特集第2部は,シュートレベルの生理素過程と,理論的に整備されつつあるシュート集団レベルの樹冠形成過程,そして樹木個体集団レベルの林冠形成過程に通底するフィードバック系を,統一的に研究する方向を探ることを目的として企画された.森林を素材とするものの,生理生態から群集生態までの生態科学のスペクトルを,同じパラメータで結ぼうという試みは,決して,ひとり森林生態学だけの興味ではないはずである.

 ここでは,シュートレベルの挙動から個体や集団の葉群構造の形成プロセスを記述する竹中・小池と,個体・集団レベルで樹冠ディメンションを定量的に分析する大沢・梅木のアプローチを対置させて,統合化の道に向けた手掛かりを提供する.
 竹中は,3次元空間でのシュート集団の生長シミュレータを開発し,葉群によって吸収され減衰する光資源の空間構造を求め,各部位のシュートの生長を計算することによって,現実の個体や集団の発達過程を再現した.さらに,シュートをサポートする支持コスト(材の二次肥大生長)も組み込んだアプローチを紹介している.小池は実際の野外データから葉群とシュートの3次元配置の動態を分析する方法を整理しているが,生長量の推移行列モデルをもちいたシュート集団の生長の分析を,光環境と結び付けて定量的におこなう手法は,竹中のシミュレータとの対応を考えて大変興味深い.

 個体の樹冠を単位として扱う大沢・梅木の研究でも,定量的な仮説あるいはモデルが提示されている.大沢は,集団発達に伴う自己間引きの巾乗則の巾数が,樹冠内の葉の詰まり方と対応しているという仮説を,いくつかの樹種の膨大なデータセットから提示している.また,梅木は,樹冠間の相互作用によって樹冠が動的に空間配置されていくプロセスをシミュレートしている.こうした個体−集団レベルのモデルは,シュート動態モデルによって検証・裏打ちされることになるだろう.

 このなかで,沢田のシンク−ソース系の最新のレビューは,他の4論文とは異質に感じられるかもしれないが,樹冠・林冠の自律形成プロセスのメカニスティックな理解のうえで欠かすことのできない視点を示すものである.先に樹冠でも林冠でも似たような制御プロセスに支配されると記したが,樹冠と林冠ではおおきく異なるプロセスがある.すなわち,分枝構造を介した同一個体の樹冠では,個体の生長から繁殖にいたる過程で,シュート間・器官間の栄養的な流れや,シュート構造を力学的に支持するために必須の生長相関が作用している.この複雑な作用系を統一的に把握するためには,シンク−ソース制御系という観点の導入は必須である.発根させたダイズ初生葉というシンプルなモデル系で沢田らがみいだしてきた新知見が,竹中のモデルなどを介して動的なマルチシンク−マルチソース系としての樹木個体に適用されることによって,環境変化に対する応答を,葉緑体レベルの制御メカニズムから確実に個体−集団レベルにまでスケールアップすることが可能になるはずである.


GCTEとTEMAプロジェクト

 これらの2つのシンポジウムは,TEMAと略称される1つの国際共同研究「アジアモンスーン地帯における陸域生態系における地球変化の影響の研究(Global Change Impacts on Terrestrial Ecosystems in Monsoon Asia)」(広瀬代表)の2つの側面をそれぞれとりまとめたものである.IGBPのコアプロジェクトの1つにGCTE(陸域生態系と地球変化)があるが,TEMAは,日本生態学会会員を中心にして日本から提案して認められた唯一のGCTEコアリサーチである.以下に,このTEMAおよびより広くGCTE全体の研究についてかいつまんで説明したい.

 国際地球圏生物圏事業計画IGBP(International Geosphere-Biosphere Programme - A Study of Global Change)は副題に「地球変化の研究」とあるように,近年の人間活動を増大にともなう地球環境の変化を生物圏と地球圏の相互作用としてとらえ,変化の機構を解明しようとする国際協同研究である.それは生物圏での水門循環(BAHC),大気化学(IGACP),海洋フラックス(JGOFS),過去の地球変化(PAGES)をはじめモデリングや教育などを目的としたいくつかのコアプロジェクトを走らせている.その1つに陸域生態系と地球変化(GCTE,Global Change and Terrestrial Ecosystems)がある.

 GCTEはことに気候・大気組成・土地利用の変化が農林業を含めた陸域生態系に及ぼす影響を予測すること,およびこれらの影響が大気と気候システムにフィードバックする機構を明らかにすることを目的として,1990年から10年計画で発足した(IGBP, 1992).全体は,(1) 生態系の生理・(2) 生態系の構造変化・(3) 農林業への影響・(4) 生態学的複雑性という4つのフォーカスに分けられているが,いままでのところでは主に研究成果が上がっているのは,生理生態学を中心とした(1)および,生態系モデリングを中心とした(2)といってよいだろう.各フォーカスはさらに3−4のアクティビティに,各アクティビティに複数のタスクがたてられている.各国から研究プロジェクトが提案されてきたときに,GCTEの研究目的や基準に合っているかどうかを厳正に審査し修正勧告などの後,いくつかをGCTEコアリサーチとして認めている.

 GCTEのコアリサーチの1つであるTEMAの目的は大気中のCO2濃度の増加とそれにともなう気候変化が,モンスーンアジアにおける森林の分布と構造に与える影響を予測し,それが地球の炭素循環に及ぼすフィードバック効果を明らかにすることである.アジアモンスーン地域は高い降水量により北方林から熱帯林まで森林生態系が連続的に分布する世界唯一の地域である.また多くの高山を擁し,気候は標高によっても大きく変化する(Ohsawa 1990).TEMAはこの緯度x高度のマトリックスを用いて,各森林植生の構造とその成立条件を明らかにし,地球変化によって森林生態系がどのように変化していくのかを予測しようとする.つぎの4つの研究課題からなっており,それぞれGCTEの4つのタスクに貢献することが期待されている:(1)主要樹種の地球変化への応答と機能型の抽出.(2)機能型の統合としての森林構造のモデル化.(3)森林生態系の分布に関する生態地理学的解析.(4)森林生態系の炭素循環モデル.現在,ボルネオのキナバル山,屋久島などで調査研究が進行中である.


終わりに:地球変化の生態学研究に向けて

 先にも述べたように,CO2濃度の上昇や気温の変化の影響を知るには生理生態学的な研究や,植物の進化的・生理的適応の研究が必要であり,それが植生の変化に反映される.また,常緑・落葉など植生帯の変動を知るには生物の季節性の理解が必要になる.生態学の地道な研究こそが,地球変化の生態系に対するインパクトおよび,生態系の環境形成への役割といった大きなスケールの問題に答える上にも重要なのである.

 大事なことは生態学会の会員がそれぞれ自分達の研究,植物や動物の生活を理解し生きている姿をとらえようとする努力を,地球環境の変化に対する関連という大きな視点で見直して,どのように生かせるか考えることである.ことに大学院生もしくは学位を取得したばかりの若手研究者にとって,興味深い基礎生態学の研究テーマが,多数見つかるはずである.この特集が,地球変化に関係した基礎生態学の研究が盛んになるひとつの契機となれば幸いである.


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