進化速度の変動と適応進化の検出

岸野 洋久
(東京大学農学生命科学研究科)

03/07/17, 午後4:00から (理学部本館2階 生物学科第一会議室)


分子進化の速度は、系統間で異なることがある。菌類が共生性を獲得するとともに多 くの遺伝子で速度が加速された。遺伝子重複後のアミノ酸置換の加速化現象も関心が 持たれ、そのパターンから多重遺伝子族のクラスターを特徴付けるサイトを検出する 方法も開発されている。バクテリアが寄生性を獲得するとともにゲノムから大量の遺 伝子をふるい落としている現象も、分子進化速度の加速化の極限形態とみなすことが できる。これらは生物の進化における重要なイベントに着目し、これがゲノムに残し た痕跡を調べるものである。こうした確認型アプローチに対して、あるいはこれを補 償する形で、分子系統解析を通じて進化速度の変化を探索的に検出し、生物の適応と 多様化の歴史を鳥瞰するアプローチが考えられよう。こうしたアプローチには階層的 ベイズ法が適している。分子進化速度が変化するプロセスに対する事前分布を確率過 程で記述する。変動の大きさを表現する超パラメータにさらに不確実性を導入するこ とにより、事後分布から、速度変化のパターンをある程度頑健に推定することができ る。これを通じて適応進化を起こしている部分を探し出していく。適応進化・多様化 圧の痕跡を検出する指標として、非同義置換と同義置換の比が広く用いられる。優れ た指標である。ところで、集団の大きさの変動や選択圧の変化は、主として非同義置 換率に影響する。これに対して、世代の長さや突然変異率の変化は主として同義置換 率と非同義置換率双方の変化に関係する。同義置換と非同義置換の2変量確率変動モデ ルを通じて、異変とその原因を一歩踏み込んで推測することができよう。霊長類にお けるチトクローム酸化酵素の解析から、非同義置換の変動が同義置換のそれを大きく 上回っており、類人猿、とりわけ旧世界ザルにおいて、非同義置換率が高いことが観 察された。


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