脊椎動物の生体防御の機構は、自然免疫(Innate Immunity)および獲得免疫
(Acquired Immunity)のふたつの反応系で成り立っており、その複雑な免疫
機構によって自己と非自己を認識し、異物の排除を行っている。一方、無脊椎
動物では、食細胞による異物処理システムに加えて、レクチンや抗菌性タンパ
ク質、フェノール酸化酵素などの自然免疫が感染防御の主役である。 今回は
フェノール酸化酵素に焦点を当てて話をすすめたい。
カブトガニは、節足動物門、節口綱、剣尾目に属し、エビ、カニなどの甲殻
綱よりもクモ形綱に近縁である。カブトガニの血球の99% は顆粒細胞で占めら
れており、顆粒細胞は、細胞表面にある細菌リポ多糖(LPS )認識システムに
よりごく微量のLPSを察知し、細胞内顆粒に蓄えておいた凝固因子や抗菌性タ
ンパク質などの生体防御タンパク質を体液中に分泌する。昆虫や甲殻類のフェ
ノール酸化酵素系は、リポ多糖やβ-1,3-グルカンに存在する特有の分子パタ
ンを認識して、一連のセリンプロテアーゼのカスケードを起動させ、最終的に
はフェノール酸化酵素の前駆体を限定分解することにより活性化させる。活性
化されたフェノール酸化酵素は、異物の包囲化や創傷治癒といった生体防御反
応を起動させる。一方、カブトガニでは、体液中の酸素運搬タンパク質ヘモシ
アニンが、体液凝固系と連繋してフェノール酸化酵素系を活性化させる。すな
わち、ヘモシアニンはその体液凝固プロテア-ゼの一つである凝固酵素と1:
1の複合体を形成することにより、限定分解を伴わずフェノール酸化酵素活性
を発現する。従って、体液凝固系は共通のセリンプロテア-ゼカスケ-ドより
分化したのかもしれない。また、抗菌性タンパク質も、ヘモシアニンをフェノ
ール酸化酵素系に機能変換する。タキプレシンは17アミノ酸残基からなる両親
媒性の抗菌性タンパク質である。化学修飾したタキプレシンを用いて、ヘモシ
アニンとの相互作用を表面プラズモン共鳴センサー(BIAcore)により解析を
行ったところ、タキプレシンのチロシンやトリプトファンといった芳香族アミ
ノ酸がヘモシアニンとの結合に重要であることが判明した。本セミナーでは酸
素運搬タンパク質のヘモシアニンが、フェノール酸化酵素系に機能変換される
ことで、異物の包囲化や創傷治癒といった生体防御に関わる可能性を中心にヘ
モシアニンの多機能性についてについて考察したい。
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