九州大学数理生物学研究室

対立的多階層選択により生起するセントラルドグマ

竹内 信人

オークランド大学

2019/12/24, 14:00 -, at W1-C-909



Abstract

分子生物学のセントラルドグマは、ゲノムと酵素の間にある2種類の非対称性により成立している。1つは情報的非対称性であり、情報はゲノムから酵素へと流れるが、酵素からゲノムへは流れない。もう1つは触媒的非対称性であり、酵素は触媒活性を持つが、ゲノムは触媒活性を持たない。これらの非対称性はいかにして起源したのだろうか。本研究では、これらの非対称性は、複製分子とプロト細胞の間の進化的対立によって生み出され得る事をモデルを用いて示す。本研究のモデルは、プロト細胞の集団と、各細胞に含まれた分子の集団から構成される。分子は、触媒として働き他の分子の複製を助ける事もできるし、鋳型として働き自らが複製される事もできるが、これら2つの間にはトレードオフが存在すると仮定する。このトレードオフが、対立的多階層選択を引き起こす。すなわち、各細胞内における分子間の競争は分子が鋳型として働く事を選択するが、逆に細胞間の競争は分子が触媒として働く事を選択する。この階層間の進化的対立が、分子の間で情報的および触媒的な対称性の自発的破れを引き起こし、遺伝情報を担う分子と触媒機能を担う分子への分化、すなわちゲノムと酵素の分業(セントラルドグマ)を成立させる。対称性が破れる原因は、分子間競争の進化への影響力と分子の繁殖価(つまり鋳型になりやすさ)の間に正のフィードバックが存在するからである。また、このフィードバックは分子間の血縁度が十分低い場合にのみ有効なので、ゲノムと酵素の分業は血縁度が十分低い場合にのみ進化する。本研究の結果は、セントラルドグマは進化の論理的帰結であり、もはやドグマとは言えない事を示唆する。またこれまでの進化理論は、生殖者と非生殖者の分業は、自らは増殖せず他を助けるという利他的行動を伴うので、血縁度が十分高い場合にのみ進化できるとしてきた。いっぽう我々の理論は、次世代に遺伝情報を伝える鋳型分子(生殖者)と前者を助ける触媒分子(非生殖者)の分業は、血縁度が十分低い場合に進化できる事を示す。

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