フランス国立農業・食料環境研究所(INRAE)訪問
学振RPDの桑門温子です。
2026年3月、フランス・ボルドーのフランス国立農業・食料環境研究所(INRAE)を訪問し、スウィートチェリーの分子フェノロジーを研究されている Bénédicte Wenden 博士と研究の打ち合わせを行ってきました。
今回の訪問では、スウィートチェリー(サクランボ)の分子フェノロジーを研究されている Bénédicte Wenden 博士と研究に関する打ち合わせを行うとともに、セミナーで私のサクラの休眠打破予測に関する研究紹介をさせていただきました。
今回の訪問のきっかけは、スウィートチェリーの休眠や開花に関する知見が、現在進めているサクラの休眠打破予測モデルの改良に応用できると考えたためです。その可能性について議論し、共同研究につなげるために訪問しました。
ラボ周辺のスウィートチェリー
研究所構内のラボ周辺には、スウィートチェリーの樹が植えられていました。INRAEには研究所構内だけでなく、車で約40分離れた場所に広大な実験農場があります。しかし、日常的に観察できるよう、構内にもフェノロジーの異なるスウィートチェリーの系統が数本ずつ植えられていました。
訪問した3月はちょうど開花シーズンでしたが、すでに展葉している系統もあれば、満開を迎えている系統もありました。実際に見比べることで、フェノロジーの違いを実感することができました。私自身も九州大学・伊都キャンパス内のサクラを研究対象としているため、「研究室の近くに観察対象を植える」という考え方には共感しました。いつでも樹木の状態を確認できる環境は、研究を進めるうえで大きな利点だと感じました。
広大な果樹の研究農場
研究所では、スウィートチェリー、モモ、ブドウ、アーモンドなど、多様な果樹の品種や系統が栽培されています。ボルドーといえばワインの産地として有名ですが、訪問した3月には構内農場でちょうどブドウの接ぎ木作業が行われていました。また、郊外の農場へ向かう道中にも広大なブドウ畑が広がっており、果樹の研究と地域の農業文化が密接につながっていることを実感しました。
1300本のスウィートチェリー圃場
郊外の農場では、およそ1300本のスウィートチェリーが栽培されていました。樹木は農業機械で管理しやすいよう整然と配置されており、訪問時には学生さんたちが人工交配のための袋掛け作業を行っていました。ちょうど開花シーズンであり、育種研究の貴重な光景を見ることができました。
遺伝資源の保存と品種改良
農場では、多くの系統を保存しながら新しい系統・品種の育成も行われています。スウィートチェリーでは、各系統を3個体ずつ維持しているとのことでした。また、モモなどの果樹では、樹が老化する前に新たな場所へ後継個体を植え継ぎ、遺伝資源を長期的に維持しているそうです。こうした継続的な系統の保存活動は、将来の品種改良や基礎研究を支えています。
フェノロジー研究と気候変動への対応
研究所では、開花時期の異なるスウィートチェリーやモモの系統が数多く保存されています。訪問時には、週末に急激な気温低下が予想されており、特に重要な保存系統については霜害対策が講じられていました。
フランスでは2021年に大規模な遅霜被害が発生し、果樹生産に大きな影響を与えました。このような気象リスクに対応するためにも、休眠や開花のメカニズムを分子レベルで明らかにし、新たな品種を育成する取り組みはますます重要になっています。
今回の訪問を通じて、分子レベルの研究と長期的な観測の両方が重要であることを改めて実感しました。特に、多様な系統を長期間にわたって維持・観測するための圃場の規模や管理体制には圧倒されました。
今後はBénédicteさんとの共同研究を通じて、サクラの休眠打破予測モデルの改良や、果樹における休眠制御機構の理解につなげていきたいと考えています。
ここからは研究の話から少し離れて、ボルドー滞在中の備忘録を残しておきたいと思います。
渡航前は、物価の高さや治安が気になり、どの宿にするか随分悩みました。最終的には、Bénédicteさんにいくつか候補を教えていただき、その中からホームステイ形式の宿を選びました。スーパーや路面電車(トラム)の停留所が近くにあり、憧れの中庭(!)のある立派な一軒家の一室に泊まりました。キッチン、リビング、シャワールーム、中庭は共用で自由に使えるスタイルです。
ホストの方はとても親切に迎えてくださいました。驚いたことに、ホストの方は大変な日本通でした。合気道をされていて、日本にも何度も訪れたことがあるそうです。部屋には浮世絵をあしらった暖簾が飾られ、中庭には少し早い時期でしたが鯉のぼりが泳いでいました。異国の地で日本文化に触れる、不思議で温かい体験でした。
オフィスアワーの後は、路面電車に乗って街の中心部へ向かい、ボルドーの街並みを散策しました。石造りの建物が並ぶ風景は、まさに物語に登場するヨーロッパの街そのものです。おススメお散歩コースもBénédicteさんが教えてくださいました。おすすめの大時計も訪れましたし、サンタンドレ大聖堂の美しいステンドグラスも印象的でした。
さらに、川の対岸から眺めた夕暮れ時のボルドーの街並みは見事でした。夕日に染まる歴史的な建物群は、いつまでも眺めていたくなる光景でした。
INRAEの学食も利用しましたが、デザート付きで、とても美味しく、量も十分でした。食事が口に合わなかった場合に備えて、インスタントの味噌汁やビスケットを持参していたのですが、結局一度も使うことなく滞在を終えました。
そして、何といってもボルドーといえばワインです。現地では、スーパーで購入できるワインでも十分に高品質とのこと。夜には教会のライトアップを眺めながら、サラミとチーズをつまみに一人でワインを楽しみました。ボルドーならではの贅沢な時間でした。
また、ボルドー名物のカヌレも堪能しました。お酒の風味がしっかり感じられ、より濃厚な味わいでした。お土産としても好評でした。ただし、カヌレ専門店を含め多くのお店は18〜19時には閉店してしまいます。購入を予定している方は早めの来店がおすすめです。なお、カヌレは買いそびれてしまっても、ボルドー空港では保安検査通過後のエリアで購入することができます。
今回の訪問の大きな成果として、無事に共同研究を進めることになりました。また、Bénédicteさんの研究グループのポスドク、テクニカルスタッフ、学生の皆さんともお話しする機会がありました。それぞれの研究を紹介し合いながら議論を行い、食事もご一緒させていただくなど、充実した交流の時間となりました。これまで参考にしてきた論文の著者の方々と直接お話しできたことは、とても新鮮で貴重な経験でした。
もともと海外訪問には慎重な性格なのですが、「次はフランスですね」と背中を押してくださった佐竹先生には感謝しています。短期間の滞在ではありましたが、多くの学びと出会いに恵まれた貴重な経験となりました。また、私の不在中、やんちゃな子ども達の世話を一手に引き受けてくれた家族にも感謝しています。
年はボルドーで国際学会が開催される予定とのことです。現在は休眠制御の数理モデルをさらに発展させるべく改良を進めていますが、その成果を携えて再びこの街を訪れ、研究の進展を報告できればと思っています。
最後に、農業的な側面を持つスウィートチェリーと、文化的な象徴として親しまれているサクラ。その両方に関わる研究に取り組めることを、とてもありがたく感じています。今後の研究の進展についても、続報をお待ちいただければ幸いです。