数理生物学研究室イメージイラスト
2025/12/9 16:00 -, at W1-C-909

東アジア産ホウビシダ属(チャセンシダ科)の配偶体にみられる形態・機能・生態特性の多様化

国立遺伝学研究所 米岡 克啓

全ての陸上植物は、その生活環において複相(2n)の胞子体と単相(n)の配偶体を交互に経る世代交代に特徴づけられるが、シダ植物では両世代が栄養的に独立して生育しうる。従来、シダの生活環(一生)の大部分は、胞子体として生育しているものと考えられてきたが、一部の種において栄養生殖によって長期的に配偶体集団を維持できる独立配偶体の存在も知られ、それはコケシノブ科・イノモトソウ科・ツルキジノオ科・ウラボシ科の着生・岩上生種から報告されていた。これに対して最近、私たちの研究グループでは、チャセンシダ科のナンゴクホウビシダ(岩上生)が独立配偶体を形成できることを明らかにした。これまで独立配偶体を形成しないと思われていた系統群の中から胞子体から高度に独立して生育する配偶体が見出されたことは、シダ植物における配偶体世代の進化とその生態学的意義を解明する上で興味深い。 そこで本研究では、配偶体世代の形態と生態特性の進化過程や多様化を促す進化的背景を明らかにするため、属内に地上生から広義の着生環境まで様々なハビタットに適応放散した東アジア産ホウビシダ属9種に焦点を当て、地上生と岩上生の種群間で配偶体の形態と独立配偶体形成に寄与する無性芽形成能の有無に違いがあるかどうかを系統間比較した。その結果、岩上生種を中心に、配偶体の形態が心臓形から無性芽形成能を有する非心臓形へ収斂することが明らかになり、他方で一度岩上に進出した系統から再地上生化を経て成立した種においては、その配偶体の形態は祖先的な心臓形に戻ることを発見した。 従来、配偶体の形態や生態特性は、進化に対して保守的で、科や属レベルで系統群ごとに安定的であるとする学説が一般的だったが、本研究の結果は、劇的なハビタットのシフトを伴う種分化の前後では、配偶体も強力な淘汰圧に晒されて新たな生育環境下で適応的と考えられる形態や生態特性が進化することを明快に示した。シダ植物の配偶体は、その微小性を理由にこれまでほとんど注目されることはなかったが、ハビタットやニッチの決定、適応進化や種分化に際して胞子体世代と協調的に関連する可能性が示唆された。このように胞子体と配偶体の世代分離を考慮に入れた研究の展開は、現代シダ植物学の課題に対して新しい視点と問題解決の糸口を与えうると考えられる。

MEセミナー

MEセミナーとは九州大学数理生物学研究室で1966年から続くインフォーマルセミナーです。基本的には、数理生物学研究室のメンバーが自分の研究についてプレゼンテーションをすることが多いのですが、研究室外から訪問して頂いた研究者の方にお話をして頂くことも多くあります。

MEセミナーでは、研究室外の方にお話をして頂ける機会を歓迎いたします。もしMEセミナーでのお話をご希望なされる方がいらっしゃいましたら、お気軽にセミナー係までお問い合わせください。

セミナー係 富本 創