数理生物学研究室イメージイラスト
1970s~

九州大学理学部の生物学教室は、1970年前後に従来の5講座から倍増して10講座になった。分子生命科学を中心とした4つの研究室(講座)のあと、「数理生物学」講座がつくられた。教員は、ランダム系の統計力学理論の松田博嗣教授と石井一成助手、DNAの量子生物学の宮田隆助教授、タンパク質の統計物理学の郷通子助手であり、4名とも物理学者であった。分子進化学、集団遺伝学の数理理論、DNAとタンパク質を対象としたデータ解析に関する研究が活発に進められた。

石井助手が転出したあと、生態学や動物行動学のさまざまな数理モデルに取り組んできた巌佐庸が後任として着任した。また郷助手と宮田助教授が転出したあと、病原体と宿主の共進化や遺伝子組換え率進化の佐々木顕が助手に採用された。研究室出身者の多数は、分子進化学の理論研究やデータ解析の分野で、全国の様々な大学や研究所で中核研究者となって活躍した。毎週火曜日に行われる研究室のセミナーは、MEセミナーと呼ばれたが、MEはmolecular evolution の略である。その後、スタッフが入れ替わり研究分野も変わった後も同じ名前が使われ、mathematical ecology, mathematical enonomics, molecular ecologyなどの意味合いを含んだ形で現在へ発展している。

1990s~

1992年に松田教授が定年退職したあと、巌佐教授が数理生物学研究室を担当した。数理生態学と水産資源解析学が専門の松田裕之が助教授に、発生に取り組んでいた武田裕彦が助手に着任した。生活史や性表現について動的最適化やゲーム理論に基づく解析を継続するとともに、量的進化力学を整備し、配偶者選択の進化に関する研究が活発に進められるとともに、発がんの確率過程や利他行動の進化に関わる研究についても成果が生まれた。複数種の相互作用系で、構成種の適応進化がもたらす影響に関する理論研究や、生物資源の管理や保全生物学の理論も展開された。松田助教授が転出し、発生生物学のモデリングを行う望月敦史が助手に着任した。

2000s~

2000年代に望月助教が転出し、その数年後に森下喜弘が助教として着任した。発生に伴う形態変化を追跡するモデリングや、ニワトリの肢芽形成を主な対象としてノイズに対してロバストな発生などの数理解析が展開された。2007年に佐々木准教授、2010年に森下助教が転出し、2011年に体内のウイルスダイナミックスの解析を実験グループとの連携ですすめていた岩見真吾が准教授に着任した。その後、熱帯林の違法伐採や遊牧民の長距離移動などのテーマに人間の行動選択と生態系変化の結合動態として取り組んだ李貞憲と、がんのモデリングにとりくんでいた波江野洋とがともに助教として研究室に滞在した。

2010s~

2018年に巌佐教授が定年退職し、佐竹暁子が数理生物学研究室を担当した。体細胞変異の蓄積過程、遺伝子発現ダイナミクスの網羅的解析とモデリング、生物季節(フェノロジー)の将来予測、そして大規模同調現象と地球環境変化の関係など、ミクロとマクロをつなぐアプローチを駆使した研究に取り組んでいる。岩見准教授が転出し、形の数理モデルや機械学習によって生物の3次元形状を読み取るフェノタイピングをすすめていた野下浩司助教や、ゲノム解析の専門家である佐々木江理子准教授が加わった。現在の九州大学数理生物学研究室は、数理モデル型解析とデータ駆動型解析を統合した形で発展している。

文責 巌佐 庸 / 佐竹 暁子 2023.9.15