無脊椎動物の先天性免疫機構-カブトガニ顆粒細胞の生化学的解析から分かったこと-
脊椎動物の生体防御の機構は、先天性免疫(Innate Immunity)および後天性免疫(Acquired Immunity)のふたつの反応系で成り立っており、その複雑な免疫機構によって自己と非自己を認識し、異物の排除を行っている。一方、無脊椎動物では食細胞による異物処理システムに加えて、レクチンや抗菌性タンパク質などの先天性免疫が感染防御の主役である。現存する動物種の少なくとも95% は無脊椎動物であることを思いおこせば、非自己認識における先天性免疫の重要性が、おのずと浮かび上がってくる。 カブトガニは、節足動物門、節口綱、剣尾目に属し、エビ、カニなどの甲殻綱よりもクモ形綱に近縁である。一般的に甲殻類の体液には、顆粒細胞、小顆粒細胞、無顆粒細胞の3種の血球が含まれるが、カブトガニの血球の99% は顆粒細胞で占められており、生化学的解析を行う上で大きな利点となっている。脊椎動物のマクロファージや好中球は、細菌類を食作用により取り込み、抗菌物質を貯蔵している細胞内顆粒と細胞内で融合させることで、殺菌を行う。さらに、リンパ球の協力を得て、無限とも思える多種多様の特異的抗体を産生することで、さらなる侵入に備えることも可能ある。カブトガニの生体防御のストラテジーを想像たくましくすれば、以下のようになる。顆粒細胞は、侵入する異物や細菌を取り込むのではなく、細胞表面にある細菌リポ多糖(LPS )認識システムによりごく微量のLPSを察知し、細胞内顆粒に蓄えておいた凝固因子を放出する。LPSやβ-1,3-グルカンは、プロテアーゼカスケードを起動させ、凝固タンパク質の重合により瞬時に体液を凝固させる。その結果、侵入者は体内に拡散することなく、同時に放出された非自己認識タンパク質としてのレクチンで認識され、抗菌タンパク質の攻撃を受けてあえない最期をとげる。ところが、手持ちのレクチンや抗菌タンパク質の数には限りがあって、多く見積もっても20種は超えないであろう。このような単純な戦略で脊椎動物と同じ環境で棲息できるのはなぜだろう?今後の豊かな研究課題がここにある。ここ数年来、顆粒細胞由来のタンパク質と相同性のあるタンパク質が次々に報告され、カブトガニの生体防御タンパク質がけっして特殊なタンパク質ではないことが証明されつつある。本セミナーでは、顆粒細胞の生化学的解析から得られた成果を中心に、無脊椎動物の先天性免疫機構を考えてみたい。