一斉開花結実現象の理論的研究
森林を構成する樹木の種子生産量は年によって大きく変動かつ広い範囲に 渡って同調することが報告されている.これは一斉開花結実現象とよばれ,ブナ林で は5~7年に一度の大量種子生産が観察される.この現象を樹木の物質収支に基づ いて捉えたモデルがIsagi et al.(1997)によって提案された.これによると,各樹木は毎 年の光合成産物を蓄積し,それが閾値を超えると開花,続いて受粉量に応じた結実 を行い,結果として貯蔵物質量の減少を経験する.
森林を各々の物質収支様式を持った樹木が花粉を媒介して結合された一つ のシステムと捉えることで,彼等のモデルと大域結合写像系を対応付けることができ る.このような視点から,一斉開花結実現象を森林を形づくる樹木の集団運動とみな し,この現象の解明を理論的に試みる.
咲かせた花を十分に受粉できれば,樹木はひき続き結実し,その結果貯蔵 物質量は著しく減少する.彼等のモデルの定式化によれば,この場合,各樹木の貯 蔵物質量のダイナミクスは非対称テント写像に従い,種子生産量の時間変化は結実 による貯蔵物質量の減少量に依存して,毎年一定量の種子生産から大きな年変動 を示すカオス的な種子生産様式へと移行する.しかし,種子生産は樹木間で同調せ ず,森林全体としては毎年一定量の種子生産を行う.
一方,花を咲かせても受粉に要する花粉が不足し結実の失敗が生じる場 合,貯蔵物質量の変化が樹木間で引き込みあい,森林全体の種子生産様式はカオ スと引き込みのバランスで決定される.森林全体では,毎年一定量の種子生産,林 内で同調し時間的に周期的な種子生産,また森林内で形成された幾つかのクラス ターの中での同調した種子生産,などさまざまな様式があらわれる.
リアプノフ指数の解析より同調した種子生産が安定となるためには,大量の 種子生産を行う年に加えて,少量の種子が生産される年が必要であることが示唆さ れた.これは,mast-yearとnon-mast yearの区別が明確ではないとする報告と一致 し,興味深い結果である.