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2024/2/20 13:30 -, at W1-C-909

生体防御の数理モデリング

九州大学システム生命科学府 林玲奈

概 要:すべての生物は、捕食者や寄生者・病原体に対して防御するため、免疫やさまざまな化学物質を生産します。私は、そのような生体防御の仕組みとその働きについて、数理モデリングにより解き明かすことに取り組んでいます。今回は、それらの研究結果の一部を紹介します。
[1] ヒトの体内に感染したRNAウイルスは高確率で変異株をつくります。感染時の変異株の感染細胞数は少ないため、有利な変異株でも高い確率で消滅します。加えて、元の野生株が増殖して、変異株が感染する標的細胞の数が急激に減少し交差免疫が亢進するため、変異株の増殖速度は低下します。連続時間分枝過程を用いた解析により、感染直後に作られた変異株が高い確率で定着できることがわかりました。また、患者が薬剤の投与を受けたとき、それを逃れる薬剤耐性変異株の定着確率は、薬剤投与直後に高くなることを明らかにしました。抗ウイルス薬の投与したあと、症状がほぼ治ったと思って投薬をやめると、残っていたウイルスが再び増加する再陽性化(リバウンド)が起きることがあり、新型コロナウイルスでも問題になっています。その条件を数理モデルで調べました。結果、抗ウイルス薬投与によってウイルス量が抑えられるために免疫記憶の形成が弱まり薬剤中止時点でウイルス数の増大がおきること、そして再陽性化が起きやすいのは、(1)薬剤のウイルス増殖率を抑える効果が強いとき、(2)免疫応答の活性化の経路において、ウイルスから直接の効果が強く、免疫記憶形成を介した間接効果の経路が弱いときであることがわかりました。
[2] 樹木をはじめ、多くの植物は、揮発性有機化合物(BVOC)を生産し、昆虫による食害や病原体から防御します。その中でもイソプレンは葉が受ける熱ストレスへの耐性を高めます。イソプレンは揮発性が高く多量に作られて気象を変化させます。私は、どの季節にイソプレンを生産することが樹木にとって炭素収支の面で有利かを知るため、イソプレン産生の最適スケジュールを、制御理論の数理(ポントリャーギンの最大原理)をもちいて調べました。熱ストレスが真夏に高くなる効果は、夏にイソプレン生産のピークを持つことが最適になります。ところが意外なことに、光合成速度やイソプレンの揮発性が真夏に高くなると、樹木はイソプレンを春に生産するのが最適であることがわかりました。マテバシイやアラカシのデータでは夏にイソプレン生産に関与する遺伝子が真夏に発現していることは、熱ストレスの季節性が重要だと推測できました。